とある番組の収録が終わったあと、帰り支度をしていたハレルヤは一冊の台本を受け取った。
来期にやるドラマにぜひ出演願いたいんだが、と台本を持ってきたそのドラマのプロデューサー自らに言われ、特に中身を見るでもなく返事をしたのがまずかった。
帰って台本の一番最初にあるキャストの欄と、第五話までできているというドラマの内容を一読した後、ハレルヤは顔を真っ青にしてソファに突っ伏す事となる。

 





<撮影の合間11>


 




ハレルヤが来てからソーマが台所に立った事はない。
ついでに言うなら洗濯機もほとんど回さないし、掃除機も使わない。
それらはすべてハレルヤの仕事だからだ。
家賃と光熱費のほとんどをソーマが払う代わりにハレルヤが家事全般をする。
それがこの家での暗黙の了解となっていた。

ハレルヤとしては、せいぜい料理と共用スペースの掃除くらいだろうと思っていたのだが、現実にはソーマの部屋にも掃除機をかけるし、彼女の下着も一緒くたに洗う。
恥じらいっつーもんがないのかと思った事も一度や二度ではないが、風呂に入っている最中にシャンプーを持ってくるように言ったり(後ろ向きで渡した)、バスタオル一枚で平然としている(着替えを投げつけて丁重に脱衣所にお戻りいただいた)というような事があってからは色々と諦めた。

ついでにいうと彼女の掃除は掃除ではなく(床にあるものをどけるだけ)、洗濯は洗濯ではない(色モノ、手洗いの区別もしなければ、下着をネットに入れる事もしない)ので、結局ハレルヤが見るに見かねてやる事にしたというのもある。

これだけ生活能力のなさを見せつけられれば、たとえそれが惚れた相手であったとしても、下着だって平然と干すし、だらしない恰好をしていれば叱りつける余裕もでてくる。
……惚れた相手でもなければこんな事はやっていられないとも思う。















「今度のドラマで一緒らしいなハレルヤ」
朝、いつものように朝食の準備をしていたハレルヤは、起きてきたソーマの言葉に思わず手にしていた胡椒の瓶を引っくり返した。

胡椒の粒はフライパンの目玉焼きに盛大にかかり、白くなりかけていた部分が白いのか茶色いのかわからなくなってしまった。
それを見下ろして、ハレルヤは無言で手に持っていたフライ返しを菜箸にもちかえた。
……食べられるか、これ。

とりあえず箸でできる限り茶色の粉を取り去って、一回りほど小さくなってしまったそれを皿の上に乗せ、気を取り直してベーコンを焼くことにする。
フライパンにひっついた胡椒の粒を取り除くことは忘れない。
油を軽く引いてベーコンをフライパンに乗せれば、十分に熱せられていた鉄の上でジュージューと香ばしい音を立てる。

ソーマはパジャマ姿のまま食卓に座って足をぶらぶらさせて朝食を待っている。
この時間で着替えていれば出かけにあんなに急がなくても済むんじゃないかといつも思うのだが、本人としてはこの時間で覚醒をしているらしい。
単にだらっとした恰好でいる時間を長くしたいだけだと思うが。

すでにコップに注がれていたオレンジジュースに口をつけつつ、ソーマは重ねて聞いた。
「なんだ? まだ台本もらってないのか?」
「いや……もらった」
「なんでそんな微妙な顔なんだ」
「…………」
それはあまり思い出したくなかった事を朝イチで思い出させられたからだよ、とは言えなかった。

二つ返事でOKなんて出すんじゃなかった、というのが台本を読んだハレルヤの感想だった。
別にソーマと共演すること自体が嫌なわけではなく、出演者の欄に彼女の名前を見つけた時も、「お」と思った程度だった。
ただハレルヤとソーマの役どころが「恋人同士」というのであると話は少し変わってくる。
有体に言ってしまえばソーマに惚れているハレルヤは、成り行き上同居(むしろ雇われ家政夫の意味合いが強い)をしているが、別に付き合っているわけではない。
その事についてはロックオンやティエリアやスメラギには散々奥手だの腑抜けだのなんだの言ってくるが、お前らに言われたくないと心底思う。

まぁ、ともかく、ハレルヤはソーマが好きだが付き合っているわけではない。
更に言うならソーマがハレルヤをどう思っているのかはさっぱり分からないので尚更身動きが取れなくなっている。

そんな時に恋人同士の役柄が回ってきた。
やつらが知ればそれはもう恰好の的だろう、いい笑顔でからかってくるに違いない。
それに片思い状態で恋人同士の役をするというのはいたたまれないにも程がある。


「ハレルヤ、ぼけっとしてると焦げるぞ」
「え……うおっ」
並べて焼いていたベーコンの端が真っ黒になって焦げ臭い香りがソーマのところまで届いていたらしい。
……さすがにこれは食べられない。
今朝は目玉焼きとサラダだけ……にするのはソーマが絶対に不機嫌になるから、夕食に使うつもりだった肉を出すか。

冷蔵庫を漁っていたハレルヤは、ソーマがどこか不機嫌そうな顔でサイドテーブルのところまでやってきているのに気付いた。
腹が減ったのか、朝食まではもう少し待て、と告げると更に頬を膨れさせる。
そんなに不機嫌になることか。
「ハレルヤは私と共演するのが嫌なのか」
「は?」
「そうなのか、嫌なのか」
じとっと自分と同じ色の瞳で睨まれて、ハレルヤは押し黙る。

ああ、ドラマの話はまだ続いているのか。
何度も重ねるが、嫌なわけではない。
いたたまれないだけで。
「……別に嫌なわけじゃねーよ」
「なら、演技に自信がなくて私に笑われるとでも思ってるのか? まだ駆け出しなんだから多少のことでは笑わないぞ? まだ新人なんだからな」
「駆け出しだの新人だの言うんじゃねぇよ! 見てろよ完璧な演技を見せてやっからな!」
「そうか、なら楽しみにしよう」
ふっと一瞬微笑んでみせたソーマに、ハレルヤは息を詰まらせた。
……完全に口車に乗せられた。

ソーマはオレンジジュースのパックを手に机に戻り、自分は朝食作りを再開しながら、結局やるハメになったなぁと微妙な気分になりながらも、向こうは恋人役としてハレルヤが嫌ではないらしい事に少しほっとした。




ドラマの製作発表の後、ロックオン、ティエリア、スメラギに嫌というほどからかわれたのは別の話。
 

 





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同じ家に住んでいると 科白の練習がすっごく楽な気がする。