<キョウダイ>

 


ミレイナがトレミーに乗船した時、その乗員数は片手で足りるほどだった。
整備士である父親のイアン。
砲撃手と操舵をまとめて担当しているラッセ。
オペレーターをこなすフェルト。
そして四機用意されているガンダムに、たった一人のパイロットであるティエリア。

父親や他の人達から聞いていた、四年前の連合軍との戦いで、ある人は亡くなり、ある人は捕われ、ある人は姿を消し、ある人は生きているか死んでいるかもわからずに。
それでも新しい人員がなかなか補充されなかったのは、活動が再度停止状態になったという事もあるが、乗れるだけの素材がおらず、またトレミーに乗船している彼らが補充を要求しなかった事もあるのだろう。

緊張しながらトレミーに乗船したミレイナは、三日もすれば船内にもクルーにもすっかり打ち解けた。
その中でも一番よく目をかけてくれるのは、やはりフェルトだった。
トレミーの中で唯一の女性だから、ミレイナとしてもやっぱり仲良くしたい、父親といえどイアンも所詮男だから、フェルトの存在はミレイナにとってなくてはならないものだった。

だけどミレイナが来るまで、長くもないが短くもない間、フェルトは寂しくなかったのだろうか。
そう思って尋ねたら、ミレイナが来てくれたから寂しくないよと答えられた。
……その笑顔は寂しそうだったけれど。




















「ミレイナ、少し休憩しない?」
「はいですー」
ブリッジでコンソールをいじっていたミレイナは、顔をのぞかせたフェルトを見て大きな笑みを浮かべる。
いくつかキーを叩いてすべての作業を終わらせ、ミレイナは椅子をくるりと反転させた。
フェルトの手には、ドリンクボトルと、ラップを貼ったトレイがある。
乗せられているのはチキンサンドだ。
「あれ、こんなの宇宙食にあったですか」
「ミレイナ、チキンサンドは食べれる?」
「大好きですよー。もしかして、フェルトさんが作ってくれたですか?」
「はさんだだけだけど」
料理はあんまり作った事はないの、と照れたように笑うフェルトにミレイナはそんな事なんですと首を振った。
宇宙食でも済ませられるのに、わざわざ作ってくれた事というそれ自体が嬉しいし、それにミレイナはサンドイッチすら作った事がない。

「いただきますですー」
ラップをはがして一切れ口に入れる。
チキンに絡めたタレが甘辛くておいしい。
レタスのシャクシャクとした歯ざわりも堪能して、二切れめに手を伸ばす。
そこでふと。
「ブリッジって、飲食禁止じゃないんですか?」
「……そうだった?」
スメラギさんはいつもお酒のボトル持ってたし、クリスやリヒティはお菓子をつまんだりしていたからそうと思ってなかったけど。
首を傾げたフェルトに、禁止じゃないならいいんですけどと二切れ目を口に入れる。

クリス、リヒティ、スメラギ。
ラッセやフェルトと話していると、時折話の端に出てくる名前はミレイナだって知っていた。
直接会った事はないけれど、それらの名前を口にする時はラッセやフェルトの表情が和らぐので、いい仲間だったんだなぁと思う。

チキンサンドをぱくつくミレイナを嬉しそうに見ながら、フェルトもドリンクのボトルに口をつける。
「ミレイナはすごいね、整備士の仕事だけじゃなくてオペレーターとしてもきっちり仕事できるんだもの。助かっちゃった」
「そんなことないですよぉ、フェルトさんのがずっとしっかりしてますぅ」
「そうかな……私がミレイナくらいの時は、もっといっぱいいっぱいだったもの」
「フェルトさんも14の時にはトレミーに乗ってたんですよね?」
「うん、クリス……クリスティナがよく声をかけてくれたり、仕事も教えてくれたからなんとかやっていけた感じ、かな」
「クリスティナさんがフェルトさんのお姉さんみたいな感じですか?」
「うーん……お姉さんっていうより、友達って感覚のが強いかなぁ」
兄弟っていうと刹那とか、ロックオンの方がしっくりくるかも。
顎に指を添えて言うフェルトに、目をぱちくりと瞬かせた。

刹那といえば刹那=F=セイエイを。
ロックオンといえばロックオン=ストラトスを思い出す、というか他にそんなけったいな(失礼)名前の人を知らない。
どちらもガンダムマイスターに選ばれた人間で、そして両方ともトレミーに乗船していない。
けれどデータ上の二人はどちらも一癖も二癖もあって、誰かの面倒をみ……ああ、ロックオンという人の方は、そういう気質かもしれないと思いなおした。
「ロックオンさんがお兄さんですか?」
「うん……お兄さんというか、お母さんっていうか……」
「おかあさんですか? おとうさんじゃなくて?」
「スメラギさんとかはよくそう言ってた。でも料理を私達に教えてくれたのも、面倒みてくれたのも、ロックオンだったから、お母さんっていうのもおかしくない……のかな? ロックオンは男の人だけど」
「……私達?」
「私と、刹那」
「ほえー……」
なんというか、凄いというか。
ロックオンに面倒をみられている刹那とフェルトという姿がちっとも想像できなくて、ミレイナはただ素直に感心した。










それからまた数年が経って、トレミーに刹那=F=セイエイが帰ってきた。
ロックオンにそっくりなロックオン=ストラトスを連れてきた事にフェルトは随分と驚いたようだったけれど、それもしばらくして落ち着いたようだった。

それからしばしば、刹那とフェルトが二人でいるのを見かけるようになった。
相変わらず(とイアンが言っていた)刹那はガンダムにつきっきりで、フェルトもミレイナに付き合ってくれる事が多いので、あまり見かける事はできないのだけれど。
そしてマリーとアレルヤの影に隠れているのでそうそう露見はしないのだが、それでもミレイナは二人が一緒にいる時の、イアンと自分の母が一緒にいる時に出す空気に似ているようなそれでいて違うような空間が好きで、だからそれが壊されないようにと、今日も頑張ろうと思うのだった。

 







***
ミレイナがクリス化しそう。