【「幸せ」を考える5のお題】
<1、当たり前すぎて、気付いてしまえば壊れていきそうな>
アレルヤが飲み物を取りに食堂に入ると、ロックオンが一人でいた。
机には開いた半透明の瓶とグラスがひとつ。
ラベルに書いてある文字は、アレルヤでも知っている酒の名前だ。
マイスターの中で唯一の成人のためスメラギに付き合わされているのは何度か見たが、自主的に飲んでいるのを見るのは初めてだった。
アレルヤを見つけると、ロックオンはへらりと笑ってグラスを軽く掲げてみせる。
「どうした?」
「少し眠れなくて。ロックオンこそ、刹那とフェルトは一緒じゃないんですか?」
いつもなら二人ととっくに部屋に引っ込んでいる時間だ。
「刹那はミッションだろ? フェルトは夜勤。ちなみにハロはメンテナンス中」
肩を竦めるロックオンに、アレルヤは苦笑して向かいのソファに腰かける。
手に持っていたコーヒーをすすって、言った。
「珍しいですね、あなたが一人なんて」
「おかげで淋しくて仕方がない」
おどけるように言って、ロックオンは手の中の杯を空にする。
彼が年少二人を可愛がっているのは、お母さんみたいねとスメラギがからかうほどにトレミーの中では周知なのだ。
言ってから、あれ、とアレルヤは思った。
ロックオンと刹那とフェルトは、別にいつも一緒にいるわけではない。
単独行動をしがちな刹那とフェルトが、今寝酒を飲んでいる男の近くにいる事は、他のクルーに比べれば多いが、それぞれ任務や訓練がある、三人が一緒にいる事の方がむしろ少ないのではないか?
それでも、ロックオンと刹那とフェルトが一緒にいるのは、アレルヤの中では「当たり前」として捉えられていた。
「ロックオン、寝酒、つきあいましょうか」
「未成年だろ」
「ですからコーヒーで」
「余計に眠れなくなるぞ」
苦笑して、少し待ってなとロックオンは席を立った。
もう少ししたら白い湯気の立つカップを持って戻ってくるのだろう。
あの二人がいつも飲んでいるそれは、飲むととてもよく眠れるらしいから。
<2、例えるなら、そこにあるかどうかもわからないくらい透明な>
「刹那はロックオンにべったりよねぇ」
スメラギにからかい混じりに言われたのは、刹那が単独ミッションで地上に降りている時だった。
ここしばらくなかった一人の時間を手持ち無沙汰に過ごしていれば、酒瓶とグラスを抱えたスメラギに捕まって、相手をさせられている。
「……スメラギさん、どこをどう見たらそう言えるんですかね」
少し辟易気味に返すロックオンに、スメラギは全部よ、と端的に言った。
共に飲んでいたクリスティナも一緒になってくすくすと笑いながら頷いている。
刹那が組織にきて数ヶ月。
最近ではロックオンが近寄っても逃げなくなったが、あれこれと注意するロックオンを疎ましく思っているのか、話しかけてもぶっきらぼうな返事しかされないのがロックオンの物悲しさを誘っていた。
それでも無視されないだけマシと思うのだが、それを踏まえると「べったり」と言われる理由が分からない。
スメラギは頬杖をついてにやにやと笑っている。
何がそんなに面白いのかと憮然とした顔をしていると、スメラギのかわりにクリスティナが口を開いた。
「だって私達が挨拶しても軽い会釈がせいぜいだし……そりゃ前みたいに逃げられたりはしなくなっただけ進歩だけど。でも、ミッション絡み以外で刹那とまともに会話したことなんて全然ないんだから」
ロックオンだけずるいわよね、と絡んでくるクリスティナをかわしてロックオンは反撃を試みた。
「それは俺が刹那の面倒見役になってるからで……」
「そ・れ・よ・り、とっときの情報もあるのよー」
ふっふっふー、とスメラギが含み笑いをして、ロックオンにこっそりと耳打ちした。
「あのね、ロックオンがシュミレーションをやってる時ね、刹那ったらずーっと待ってるのよ」
例えばドックでエクシアを見るふりをして。
シュミレーションルームの控え室で、シュミレーションのパターンを見るふりをして。ロックオンには分からないようにしているらしいが、モニターに映っているのでスメラギには丸分かりだ。
「……………………」
「十分愛は伝わってるみたいでよかったわねぇおかあさん」
からかいの呼称を呼ばれても、今のロックオンにはそれに反論する余裕はなかった。
顔を抑えて突っ伏した頭上から、楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
完全に遊ばれてるよと思いつつ、少しでも報われているらしいという事実にロックオンは頬を緩ませた。
<3、響くのはただ、秒針と規則正しい君の寝息と>
ぱちりと前触れもなく目が覚めた。
アラームをセットした時刻とはほど遠く、ミッションを控えているわけでもない。
(なんだかねぇ……)
夜中に目を覚ますなんて年寄りくさいなと数度瞬きをして、ロックオンは水でも飲もうかと起き上がるために腕を動かそうとする。
しかし、重いものがひっついているように動かない。
「……あらー」
重さの元を見てロックオンは小さな声を漏らした。
首をめぐらせれば、右の腕に一人、左の服の裾に一人。
温もりを求めるように、ぴたりとくっついて眠っている。
ロックオンが寝る時にはいなかったので、いつの間にもぐりこんだのだろう。
気付かない自分も自分だが、寝る時に鍵はかけたはず……ハロの仕業か。
足元に転がって休眠モードに入っているオレンジの球体は、昼間からフェルトのところに行ったきりのはずだった。
狭いベッドに三人は、それはもう身じろぐことすらままならない。
くーすーと可愛らしい寝息を立てている二人に苦笑めいた笑みを零して、ずり落ちかけた毛布をかけなおしてやる。
自分より少し高めの体温がふたつ、眠気を誘うにこれ以上のものはない。
おやすみなさい、よい夢を。
声に出さずに呟いてもう一度目を瞑ると、温かな眠気はすぐにやってきた。
<4、他愛のない、それでも何かに満ち足りた>
「ストラトス、さん」
控えめな声に呼ばれて、ロックオンは立ち止まった。
桃色の髪をふたつにくくった少女はどこか遠慮がちにこちらを見上げていて、ロックオンは膝を屈めて視線を合わせる。
五日ほど前にトレミーにきたばかりの子どもはまだ刹那と同じくらいの年で、何かとクリスティナがかまっているらしいが、ロックオンが面と向かって話をするのは初めてだった。
名前はフェルト=グレイス。
確かまだ十を少し過ぎたくらだったか、刹那と二つ差だなとぼんやり思った記憶がある。
けれど身長はフェルトの方が高いかもしれない、女の子の方が成長期が早いからなぁ。
「次のミーティングの時間が変更になったので」
「あ、そうなの?」
言われて、端末を自室に置きっぱなしだったことに気付いた。
ハロはデュナメスのメンテナンスに借り出されているから、連絡がつかなかったのだろう。
「わざわざ伝えにきてくれたのか、ありがとうな」
にかっと笑うと、フェルトは照れたように頬を染めて俯く。
可愛らしい反応につい刹那にするようにぐりぐりと頭をなでてはっと我に返った。
綺麗に髪をゆっているのにそんな事をしたらぐしゃぐしゃになってしまう。
「あ、悪い、せっかくの髪が」
「…………」
ぐしゃぐしゃになっちまったなー、と撫で付けるようにするロックオンに、フェルトはふるふると首を振る。
それだけだけれど、無表情から感情を読み取る術には刹那で慣れているので、ロックオンはフェルトの感情を容易に汲み取って、そっか、と笑いかけた。
<5、ふいに笑いたくなるような>
刹那とフェルトが並んで端末を覗き込んでいる。
小さな動物の写真が沢山載っているサイトは、この間アレルヤに教えてもらったものらしい。
二人で何かやっているのを見るのは可愛くて、微笑ましくて、ただ見ているだけで幸せだ。
昔、遊んでいる自分達を見ていた両親もこんな気持ちになったのだろうか。
視線を感じたのか、ついつい頬が緩むロックオンに気付いた刹那とフェルトはことりと同じ向きに首を傾げた。
「どうしたんだ? ロックオン」
「何か嬉しいことがあったの?」
「んーそうだねぇ」
頬杖をついたまま、ロックオンはほわりと笑んだ。
君が居てくれて、よかったんだ。
(君たちがそこにいてくれることが嬉しかったんだよ。)
***
提供先は0607