<撮影の合間10>
 



妙に騒がしい気配に目を覚ました。
寝返りをうって、閉じられた襖の隙間から光が漏れ出ているのを見て刹那は上半身を起こす。
ぼうっとした頭がはっきりするにつれて、ここが自分の家ではないことを思い出した。

ドラマの撮影で、外の場面を撮るために、刹那達は数日前からロケにきていた。
天候にも恵まれて順調に進んだスケジュールのおかげで、今日は半日自由時間もできて、出張ロケの出来としては上々らしかった。
明日には帰る予定で、いつも通りに刹那は旅館の布団にもぐりこんだのだが。

枕元に時計代わりに置いた携帯を開いて時刻を確認すると、深夜三時を回るところだった。
こんな時間にまで誰が起きているのだろう。
そこで、刹那は自分の隣の布団がからっぽな事に気付いた。

刹那と同室には、ロックオン、アレルヤ、ティエリアが割り当てられていた。
襖を挟んで二組ずつ敷かれた布団を、片方を刹那とロックオンが、もう片方をアレルヤとティエリアで使っていたのだが、ロックオンがいない。
隣の部屋の電気が点いているので、アレルヤとティエリアと三人で話でもしているのかもしれない。
襖を閉じているのは眠っている刹那への配慮か。



そう思うと一人だけのけ者にされた気がして少しむっとした刹那は、まだ残っている眠気を振り払って襖を勢いよく開けた。
自分だってもうすぐ十八になるのだから、多少の夜更かしをしたっていいではないか。
「……なにをしている」
「げ、刹那」
すっぱーんとスライドした襖の向こうには、予想通りロックオン、アレルヤ、ティエリアがいた。
しかしそのの他に、別の部屋にいるはずのアリーやスメラギまでがいた。
全員が浴衣を着ているが、アリーは大きく前がはだけているし、スメラギも下に着ているシャツがかなり見えている。

一様に手にはグラスや缶が持たれていて、床にも並んでいるそれらから発して部屋を充たす匂いは、どう考えてもジュースではない。
「あ〜ら、刹那起きたのぉ?」
頬を赤くして笑うスメラギはどう見ても酔っている。

自分が寝ている間に大人だけで面白い事(つまりは酒盛り)をしているのに刹那は口を曲げる。
まだ残っている眠気のせいかそれがストレートに表に出された刹那の不機嫌さを感じ取って、いち早く動いたのはアレルヤだった。
「起きちゃった? 刹那も一緒に飲む? ジュースもあるよ」
口直し用兼割り用に使っているオレンジジュースを掲げてみせるアレルヤの傍に刹那は座り、空のコップを受け取る。
除け者にされていたのが気に入らなかっただけで、輪に入れてもらえるならそれでいいのだ。

お酒はハタチになってからとロックオンに言われていたので、刹那はそこらじゅうに転がっている酒への興味はあったものの、大人しくジュースを受け入れる。
ほっとしたように息を吐いてジュースを注ごうとしたアレルヤを押しのけて、スメラギがどぼどぼと手に持っていた瓶の中身をコップに入れてしまった。
彼女が持っていた瓶はつい先程彼女が新たに開けたもので、明らかに酒だった。
「ちょ、スメラギさん! 刹那まだ未成年!」
顔を引き攣らせて抗議するロックオンの鼻先に瓶を突きつけてスメラギは口を尖らせる。
「なにようロックオン、ケチな事言ってんじゃないわよ」
「ケチとかじゃなくて! 未成年の飲酒はだめだって」
「あらぁ、あんただって刹那くらいの時にはとっくに飲んでたでしょ?」
「いやまぁそれは……って俺のことはいいから! 刹那、それこっちに渡しなさい!!」
「ほれ刹那、ぐいっといっちまえ。何事も経験ってな〜」
刹那からコップを取ろうとするロックオンの浴衣の襟首を引っつかんでアリーがはやしたてた。
アレルヤはおろおろとしているが、ティエリアは放っておけとばかりに自分のコップを空けている。

刹那は少し迷ったものの、結局好奇心が勝って、コップに口をつけた。
「あああ駄目だって!!」
ロックオンの制止が虚しく響く。
ぐいっと景気よくコップを満たしていた液体を飲み干した刹那は、無言でコップを置いて、口元を押えて、言った。
スメラギが持っていた瓶に貼られたラベルの表示を読んだロックオンが悲鳴に近い声をあげるのとはほぼ同時だった。
「……………………喉がヒリヒリする」
「ちょ、スメラギさん、これ度数30!」
「あはははは〜」
出来上がっている酔っ払いになにを言っても無駄だとこの時ロックオンは悟った。

「ははっ! ウイスキーのストレートとは景気がいいなぁおい!!」
「急性アルコール中毒にでもなったらどーすんすか!!」
ああもう、と溜息を吐いてロックオンは酒を刹那の届かないところに避けて、気持ち悪くないか、と口元を押えたままの刹那に水の入ったコップを差し出す。
「…………頭がぐらぐらする」
「まぁ……そうだろうなぁ」
「む……」
水の入ったコップを手にふらふらと体を左右に動かしている刹那に、ティエリアがリキュールの瓶を新しく開けながら言った。
顔はほんのり血色が良くなっているものの、先程から結構な量を飲んでいる割に平然としている、意外と酒には強いらしい。
「とっとと寝かせてこい」
「……言われなくともそうします」
「ティエリアは大丈夫? 気分悪くなったりとかしてない?」
「これくらいで俺が酔うとでも?」
ふ、と微笑んで瓶から直接飲む様子は男らしいというべきか。

いい飲みっぷりねぇと囃し立てるスメラギとアリーの注目がティエリアにいっている隙に、ロックオンは刹那を抱え上げてアレルヤにあとはよろしくな、片目を瞑ってみせる。
このままロックオンも離脱するつもりなのだと分かったので、アレルヤはおやすみなさいとにっこり笑った。
「お前らもほどほどにな」
「僕はほとんど飲んでないからいいですけど……まぁ、明日は帰るだけですし」
「限界わかって飲んでる……と思いたいな。それより俺は刹那が明日二日酔いにならないかの方が心配だ」
「そうでしょうね」
らしすぎる言葉に苦笑したアレルヤにおやすみと言って、ロックオンは電気の点いていない部屋に戻って刹那を布団に戻す。
酒が回って眠気が戻ってきたのか、刹那は抱きかかえられたまま、すぴーと寝てしまっていた。

「おやすみな、刹那」
布団を肩までかけてやって、ロックオンは襖を閉じると自身も布団に入って、あまり長くはない睡眠を取るに努めた。



 

 

 



***
次の日は当然二日酔い。刹那が。