<少女と軍人>




その少女は青い空の下、座って何かを待っているようだった。
小さな白いポシェットを肩からさげて、広場を囲うように設けられた植え込みの縁に腰掛け、足をぶらぶらとさせていた。
薄いイエローのワンピースに水色のジャケットは、くるくると巻かれた桃色の髪の毛によく似合っている。

広場では親子連れや友人同士が連れ立って歩いたり座って何かを話したりしている姿が多く見られる。
今日はこの近くで式典があり、それに乗じて露店が出ているので人出が多い。
だからこそこうやってセルゲイを始めとして、普段は基地内にいる軍人までもが警備に借り出されているのだが。

ソレスタル・ビーイングという組織の名が世界に知れ渡ってから半年あまり。
彼らのニュースは日常の一部となり、それに対しての対応に追われる日々も日常となりつつある。
それでもこういった時には臨時の任務もあるのだから、仕事量は増える一方だった。

少女は同世代の子達がするように端末をいじるでもなく、ただぼうっと流れていく人を見つめている。
その風貌に、気づけばセルゲイは少女に声をかけていた。
「君はここでなにをしているんだい?」
少女は一瞬何を聞かれたのか分からないようで、セルゲイを見上げてぱちぱちと二回瞬きをした。
「誰」
「ああ、いや怪しい者ではないよ」
一人でずっとここにいるから、誰か待っているのかと思ってね。
少女特有の高めの声は単調な響きで、くるっとした蒼の目が物怖じもなくセルゲイを見上げた。
「……待ってる」
ああ、やはり人待ちか。
ここで待ち合わせをしているのかそれともはぐれてここを落ち合う場所に指定していたのか。
しかしこの人出はその分治安には少々問題があり、いくら広場といえど花壇の隅は人目にはつきにくい。
「そうか。ではその人がくるまでおじさんもここに一緒にいてもいいかな」
「……人革連の人」
ふ、と少女の瞳がかげる。
「ああ……怖いかな?」
軍人が須らく一般市民のために働いているわけではなく、その厳つい印象からも怖がる子供は少なくない。
セルゲイの顔も怖がらせる要因だと以前部下に言われていたので、セルゲイはなるべく硬い印象を与えないように努めて笑みを浮かべた。

柔らかに言って、セルゲイは少女から少し離れたところに座る。
少女は軽く首を傾げて、それ以上は何も言わずに再び前に向いた。
「誰を待っているか聞いてもいいかな?」
「ハロ、とロックオン」
「友達かな?」
「……そうだけど、違う」
友達だけれど違う?
つい聞き返そうと口を開くセルゲイより先に、少女は立ち上がった。
「きた」
先ほどまでの無表情が嘘のように顔をほころばせ、ワンピースの端をふわりと浮かせてぱたぱたと走る。
彼女の目標であったらしき影が、人ごみを抜けてこちらへ歩いてくるのが見えた。

背の高い男だった。
肩にかかる髪は薄い茶で、ゆるい曲線を描いている。
ラフな格好だが、普通勤めの一般人のようには見えなかった。
もう片方の肩には大きめの黒いバックが提げられている。
「ロックオン」
少女が名前を呼ぶと、男はひらりと黒の手袋に包まれた手を振って見せた。
「遅くなって悪かったな」
影は一人だけで「ハロ」の姿は見えなかったが、違うところにいるのかもしれない。

少女が何か話すのを、ロックオンと呼ばれた男は少し体を屈めてふんふんと聞いている。
ふと男が視線をあげ、セルゲイにぺこりと軽く頭を下げた。
少女もそれに倣うように頭をさげ、セルゲイは微笑ましい光景に目を細めながら応えるように手をあげた。

二人が雑踏に消えていくのを見送って、セルゲイは立ち上がる。
「中佐、こちらにいらしたのですか」
背筋をまっすぐに伸ばして歩いてきた部下のどこか咎めるような視線にセルゲイは苦笑して肩をすくめた。
面と向かって進言してこないものの、責任者が現場を離れないでくださいという表情だ。
「大臣がお呼びです」
「ああ、分かった」
「どうかされましたか?」
無表情に見上げてくる目はまっすぐにセルゲイを捉えていて、どことなく先ほどの少女と似ていなくもない。
もっとも自分はあの少女が男に見せていたような笑顔も、そもそも笑みというもの自体をまだ見たことはなかったが。
「いや、なんでもない」
ソウマの軍帽をずらすように数度撫でるようにして、歩き出す。
ずり落ちかけた軍帽を押さえ、どこか困惑した色を瞳に滲ませて後をついてくる部下を横目で見つつ、セルゲイはいつになく上機嫌だった。


 

 

 


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