※アニメ7話より


「嬉しいことがあれば、誰だって笑うさ」

そんな言葉、四年前にはまだ言えなかった。





<初恋は実らないというけれど>





アレルヤが見つかったという報告は、トレミー内に明るい空気をもたらした。
何がどうなったかはさっぱりだが、どうやら一緒に「彼女」がいるらしく、報告をしてきたロックオンはかなり脱力していた、無理もない。
そしてキュリオスはシステムがダウンする程度には損壊しているようで、まだ起動が安定しないダブルオーを抱えているイアンは戻ってくる前からげっそりとしていた。

それでも、アレルヤも無事で、スメラギも回復した。
これを喜ばないでいられようか。
フェルトにとってCBは大きな家で、そこにいるメンバーは家族なのだ。
せっかくまた会えた家族を再び失うのではないかと危惧していたフェルトは、湧き上がる嬉しさに顔を綻ばせながら展望室に足を向けた。

宇宙なら無数にちらばる星が臨めるが、今は地上だから、窓の向こうを見ても星はない。
かわりに海の中が一望でき、前に連れて行ってもらった水族館に似ている。
あれよりも視界は狭いが、薄暗い水の中は日によってまったく異なる様子を見せた。
今日は先程まで行われた戦闘で魚が怯えて逃げてしまったのか、数日前はそこかしこに見えた生き物の姿は確認できず、水中はしんと静まり返っている。
何もない暗い空間は、どこか宇宙と似ていなくもない。


「フェルト?」
「刹那」
「どうしたんだ、こんなところで」
「海を見てたの」
「なにかいるのか?」
「ううん、逃げちゃったみたい」
「……静かだな」
「うん」
無重力ではないから、足を運んで刹那はフェルトの隣に立つ。
パイロットスーツのままだから、コンテナから戻る途中だったのか、整備の途中に一度抜けて戻るところだったのか。
「機体の整備はどう?」
「まだ起動が上手くいかない」
顔を顰めて答えた刹那に、フェルトは小さく口元を緩める。

「アレルヤ見つかってよかったね」
「ああ……「沙慈=クロスロードに、俺でも笑うのかと言われた」
「嬉しいことがあれば誰だって」
笑うよ、と言いかけて、フェルトは思いなおした。

前は本当に笑わなかったかもしれない。
刹那もフェルトも少し笑うだけでクリスティナやスメラギが目を輝かせていた記憶がある。
刹那もフェルトも表情は乏しいが、まったく笑わないわけではなかった、ただあの頃は見せる対象が限定されていただけで。

嬉しい事、楽しい事があれば笑うように。
悲しい事、辛い事があれば泣くように。
誰だってそうするのだと、そうしていいんだと教えてもらったから、フェルト達は少しずつ感情の表現の仕方というものを教えてもらった。
嬉しいから笑う事が当たり前だと思えるようになったのは、そう教えてくれる人がいたからだ。





ふ、と息を吐き出して、フェルトは話題を変える。
「アレルヤ、彼女と一緒なんだってね」
「……どこをどうやったらそうなるのか理解に苦しむが」
「ティエリアが知ったら怒るかも」
「それでガンダムを破損させたなら、それくらいが丁度いい」
「彼女……アレルヤにもいたんだね、そんな人」
「この四年間捕まっていたはずなのにな……」
どこで見つけてきたのだか、と刹那は溜息を吐く。
刹那は知らないかもしれないが、送られてきた画像で「彼女」は軍服を着ていた。
近くにあった機体からみても、彼女はアロウズに所属していたらしいと推測できた。
しかもロックオンによると、二人の居場所を教えてくれたのは連邦軍の機体だという。
アレルヤ本人から聞かないと正確な事は分からないが、アレルヤと彼女は今までにも何度か戦場で会っていたのかもしれない。
だとしたらそれはとても辛い事で……だけど、だとしたら、二人はそれこそどこで出会ったのだろう?

クリスティナが「恋愛はいいよ!」と言っていたけれど、そもそも人との出会いが限りなく狭いフェルトには恋愛をしようにも相手を見つけるのが大変そうだった。
同じような境遇らしいアレルヤがどこからか相手を見つけてきたとすると、出会いというのはどこかに転がっているのかもしれない。
四年前はそれこそロックオンと刹那、クリスティナとばかり一緒にいたから、それらしい出会いというものはなかったけれど。

ああ、それを思うと。

「私の初恋は、ロックオンだったのかも」

口から零れた言葉に刹那がぎょっとしたようにフェルトを見下ろした。
刹那の視線に気付いていないのか、フェルトは納得したように頷いてみせる。

ロックオンと、クリスティナのいうような「恋人」になりたかったわけではない。
それでもあの頃ロックオンといると仄かに心が温かくなった。
恋と呼ぶには淡すぎて、憧れに近いものだったのだろうけれど、だからこそライルが「ロックオン」としてやってきた時に目で追ってしまったのかもしれない。
もう追えない影を重ねて、その向こう側を見つめて。
だとしたら、彼が腹を立てるのは当然の事だったのだ。

「……叩いたりして悪いことしちゃった、かな」
「誰かを叩いたのか?」
フェルトの話の筋はさっぱり分からずとも、聞き取れた言葉へ律儀に問い返した刹那を、フェルトは困ったように眉尻を下げて見た。
「……ロックオン、を」
「ああ、それであいつしばらく顔が赤かったのか……なにかあったのか」
「私が悪いの、ロックオンに……重ねて見てたから。だから怒って、それで」
「それで?」
「……」
言いかけて、フェルトは少し躊躇った。
刹那には、ロックオンにキスされた事を言ってはいなかった。
言う必要性はないし、言ったとしてどうこうというものでもなかったから。
けれど改めて言葉にするのも気恥ずかしく、誤魔化そうとしたフェルトは、かっちりと刹那の青い目に正面から見据えられた。

「……」
「……」
「……」
「……その、キス、を」
無言の圧力に堪えかねて、フェルトは視線を斜めにずらしてぽつりと答えた。
少し顔が赤くなったのが分かった。
どうして言葉にするとこうも恥ずかしいのか。
された時も恥ずかしかったけれど、今の方がもっと恥ずかしい気がする。
「されたのか」
こくり、と頷いてそのまま下を向いていたフェルトからは刹那の顔は見えなかった。
ただぽんぽん、と頭を撫でられて、刹那の足が遠のくのが見えて、フェルトは顔を上げる。
ゆっくりと展望室を出て行く背中はどことなく怒っているような空気を醸し出していて、困惑した。

「刹那……怒ったの?」
「フェルトに怒っているわけじゃない……もう三発くらい殴ってやればよかったんだ」
そう言い捨てて、刹那は展望室を出て行った。
残されたフェルトは刹那が自分に怒っているわけではないという事は分かったが、それならば何に怒っているのか分からずに首を傾げた。


















その後、戻ってきたロックオンに青いヘルメットが飛んできたのは自業自得というべきなのか。















***
書きたくなった短い話を2つつなげたらちぐはぐになりました。
どうにかしてくれ。
そういや刹那もネーナに奪われてるわけで、これでどっちもファーストは他人……それとも兄貴にとら(げふ