<薬とツルとメッセージ>




ロックオンが風邪をひいた。
しかもかなり手酷いものを。

どこで拾ってきたのかしらないが、咳喉鼻水の三拍子に熱がプラスされた症状は見るからにしんどそうだ。
普段刹那やフェルトに体調が悪い時は無理をするなと言うくせに、本人は無理をするから性質が悪いんだから、とアレルヤはロックオンがへばっているベッドの前で溜息を吐いた。

朝、ロックオンから個人通信が入って、何だろうと通信を開くと、画像ではなく文字通信で、「たすけて」とあった。
何事かと通信を送っても返事はなく、慌てて部屋にいけばロックオンはベッドの上で赤い顔をしてしんどそうに息をしている。
熱があるのか潤んだ目でアレルヤを見上げて、よろよろと手をあげた。
「アレルヤ……」
「酷い声ですね」
「いてぇ……」
これは重症だなぁと眉根を寄せる。
「こんなになるまで黙ってるのが悪いんですからね。そのうち治るとか思ってたっていう言い訳は聞きませんから。こんなんじゃ刹那やフェルトに言える立場じゃないじゃないですか」
腰に手を当てて正論を言い切ったアレルヤに、ロックオンは返す言葉もなくベッドに突っ伏す。
単に喉が痛くて喋れないからかもしれないが、喋れたところで有効な反撃ができるはずもない。
「それじゃあ医務室にいきましょうかロックオン」
「…………」
「僕は体丈夫だからなかなかうつらないとしても、刹那とフェルトにうつったら大変ですもんね」
にっこり笑って言ったのは、まさに鶴の一声にふさわしい内容だった。






モレノによる診断は「風邪」だった。
インフルエンザのようなウイルス性のものでないだけマシだったのかもしれないが、それでも症状を鑑みて医務室での隔離を宣告される。
「おおげさだって……」
「船内に風邪菌ばらまかれると困るんだよ」
皆が風邪をひいたら私が過労死してしまうよ、とモレノはアレルヤにロックオンを入院室(という名の隔離部屋)に連れて行くよう指示した。
「アレルヤも手洗いうがいをしっかりしてね。風邪がうつったら大変だから」
「わかりました」
モレノの注意に頷いて、頷いて医務室を出た。
あとはモレノさんにお任せしよう、数日でロックオンもよくなるに違いない。
朝から一仕事終えたアレルヤは、くるりと体を反転させて、あ、と笑みを引き攣らせた。

刹那とフェルトが二人そろってアレルヤを見上げていた。
「ど、どうしたの?」
「ロックオンが医務室に行ったってクリスティナが」
心なし沈んだ顔でフェルトが言う。
おそらくモレノからスメラギに話がいって、それをクリスティナが聞いてフェルトに話したのだろう。
そしてフェルトが刹那を連れてやってきたというわけか。
愛されてるなぁと微笑ましく思う反面、アレルヤは困ってしまった。

たぶん二人はロックオンの様子をみにきたんだろう。
だけど今「入院」したばかりのロックオンの様子はお世辞にも良いとはいえない、少なくとも自力で医務室にいくだけの余力もなかったからアレルヤを呼んだのだ。
そんな状態を二人にみせるのをロックオンが良しとするはずがない。
うつる可能性も考えて、最低でもロックオンが平気なふりができる程度に回復するまで二人を部屋に入れる事も拒否するに違いない。
……自分達が体調を崩した時は甲斐甲斐しく世話をするくせに、自分の事は絶対にさせてくれないのだから。

年上ぶるのも場合によるよなぁ、とひっそりと思いながら、アレルヤは腰を落として刹那とフェルトと目線を合わせた。
「ちょっと風邪ひいちゃったみたいだから、ゆっくり休ませてあげようか。すぐに出てこられるよ」
「ひどいんじゃないのか」
「ちょっと熱が出てるだけだよ」
本当は「ちょっと」でも「だけ」でもないが、それを言うと様子をみると言ってきかなくなりそうなのでぼかす事にする。
「お見舞いは?」
「見舞いをすると早く治るんだろう?」
……ああこの子達はまた微妙に間違った知識を身につけて。
大方ティエリアかスメラギさんかどちらからの情報だろう、正しい知識への修正は今度ロックオンに任せる事にしよう。
「これで二人にうつっちゃったら、ロックオンが可哀相だよ」
そうしたら鬱陶しいほどに落ち込むに違いない。
その姿を容易に想像できたから、アレルヤは見舞いとは別の案を提示することにした。
「部屋には入れないけど、お見舞いになにかあげたらどうかな。あの部屋は殺風景だしね」
「どんなのだ?」
「そうだねぇ……お花とかお菓子とかが一般的なんだろうけど」
生花が宇宙で手に入るわけがないし、食欲もないだろうからお菓子も却下。
ロックオンのことだから、二人からだと知れば何でも嬉しい顔をするとは思うが。

何がいいだろうかと、前に読んだ本にあったあるものを思い出した。
あれなら今からでも作れるし、殺風景な部屋の飾りにもなる。
……それに、ある程度ロックオンが回復するまでの時間稼ぎにもなりそうだ。
「なら、こんなのはどうかな」
人差し指を立てて言ったアレルヤの提案に、刹那とフェルトは目を輝かせた。




















「ロックオンから入らせるなって言われてるんだけどねぇ」
「「…………」」
あ、無理。
二対の目から出る「お願い入れて」光線に抵抗をあっさりと放棄して、モレノはちょっとだけだよと療養中のロックオンのいる部屋に刹那とフェルトを通した。
うつるかもしれないから絶対に入れるなとロックオンには言われていたが、あの可愛さに陥落しないわけにはいかない。

念のためね、とモレノに渡されたマスクをつけて、二人は部屋に入る。
白い壁と天井に囲まれた、ベッドとサイドテーブル以外には何もない殺風景部屋で、ロックオンは寝ていた。
薬が効いているのか、ロックオンは二人が近づいても目を覚まさない。
ここで目を覚まされたら確実に大目玉をくらうので、起こさないようにそっと二人は持ってきた見舞いの品をベッド脇の空いたスペースに置く。
そして静かに部屋を出て行った。










目を覚ましたら、大分体が軽くなっていた。
重かった体も随分軽くなっていたし、押し込むような頭痛も引いている。
喉渇いたなぁと水差しを手に取ろうとして、その横に眠る前にはなかったものを見つけてロックオンは目を瞬かせた。
「なんだぁ?」
手にとって持ち上げてみると、それはかさかさと連なって浮き上がる。
青、桃、橙、紫、緑。
順序よく連ねたれたそれは中央に糸が通されているのか、三十くらいが縦に重なって、それが更に五つくらいの束になっていた。
なんだっけこれ、と少しぼーっとした頭を動かして、折り紙で作ったツルだと答えを出す。
病気の人への快癒願いとして日本でよく作られたものだったか。

こんなものを作ってくれるのが誰かなど考えずともすぐに分かった。
じっくり見ると紙の端が綺麗に合わさっていなかったり、よれている部分があったりするが、一生懸命作ってくれたと思うと頬が緩む。
ところどころ綺麗なものが混ざっているのはアレルヤ作だろうか。

ツルをまとめている糸の一番上にくっついていたメッセージカードを開くと、早くよくなってねというメッセージとハロの手書きイラスト。
それとは別に、アレルヤからのカードもあった。
『二人とも一生懸命作ってましたよ。早くよくなってくださいね。無理しないように』
「こりゃ意地でも治さねーとなぁ」
くすくすと笑って、水差しから水を注いで飲み干すと、ツルを傍らにベッドにもぐりこんだ。



 

 


***
新発見。
アレルヤさりげに刹那とフェルトを可愛がりつつロックオンを変態認定している。
……ちゃんと慕ってますヨ。