<Schutzer 番外 【bath】>
ピンポーン
夜空に高らかな音が鳴る。
三度繰り返されたそれに出てくる人の気配はなく、聞こえないのかともう一度鳴らしてみても一向に反応がない。
「……っかしいなぁ、ここで合ってるはずなんだけどな」
「出かけてるんじゃないか」
「なのかね」
同伴者に頷いて、ディアッカは鈍く光る金属のドアノブに試しに手をかけてみた。
軽く下に押してみると、かちゃりと止まるはずのそれはあっさりと一番下まで下がる。
「……開いてるぞ?」
「なんだ、いるのか」
「ちょ、イザーク!」
居留守とはいい度胸だとイザークはディアッカを押しのけるようにしてドアノブを引いて、玄関に入っていってしまった。
いくら友人でも無断で家の中に入ったらまずい、万が一部屋を間違えていたとしたら不法侵入になってしまう。
しかしディアッカが止める隙もなく、イザークは靴を脱ぎながら、お前は入ってこないのかといわんばかりの顔で振り向いた。
「・・・・・・これでもし違う家だったら俺達不法侵入者だな」
「住所はここであっているのだろう」
「そりゃあってるとは思いますけどねぇ」
この間携帯で聞いたとおりの住所なはずだが、何せ部屋の前には表札も何もかかっていないのだ。
ここにニールと子どもが暮らしているという確証はない。
玄関は男二人が立ってもまだ余裕があるくらいの広さだった。
短い廊下の続く先にドアがあって、廊下の両方の壁にも似たようなドアが備え付けてある。
玄関の隅に脱いである靴は彼がよく履いていたと記憶にあるものと同じで、どうやら住所は間違っていなかったらしいとディアッカは息を吐いた。
鍵がかかってないとすると、近くのコンビににでも行っているのかそれとも。
そこで片方のドアから水音が漏れ聞こえてくるのに気づいて、ああなるほど入浴中だったのねと納得した。
それならベルの音に気付かないのも頷ける。
・・・・・・・防犯上鍵くらいしめておけよとは思った。
勝手に靴を脱いで上がりこむイザークにならってディアッカもあがる。
水音のする方のドアを小さく開けると、その奥にもう一枚曇りガラスのドアがあって、その向こうでごそごそと動く影が見えた。
男の入浴シーンなど見たくもないので、ディアッカは明後日の方向に視線を逸らしつつ、ごんごんとドアをノックする。
「・・・・・・誰だ?」
少しくぐもった声が返ってきた。
「俺。ディアッカ。勝手にあがったぞ」
「覗くなよー」
「誰が好き好んで野郎の裸なんか覗くか」
はは、とドアの向こうで笑い声が響く。
リビングに行っててくれと言われてディアッカはリビングへと行くと、イザークはどっかりとソファに座り込んでいた。
持ってきた土産は机の上に放置されたままだ。
まぁ焼き菓子なのでいいんだが。
ちなみに選んだのも支払いをしたのもディアッカだ。
ソファに座って無遠慮にぐるりと部屋を見回す。
最低限しか置かれていない家具に、装飾品などほとんどない部屋。
部屋の隅に片付けられた玩具が唯一この家に子どもがいる痕跡を示している。
「殺風景な部屋だなぁ」
「あいつの部屋ならこんなものだろう」
「だけどよ、もともと母親と子供で住んでたんだろ?」
「あいつが片付けたんだろう。で、その子どもはどこにいるんだ?」
イザークが呟く。
ニールが風呂に入っているなら子どもはどこかにいるはずだが、リビングに姿は見られない。
すでに寝室に引っ込んでいるのだろう。
「もう寝てるんだろ」
「まだ八時だぞ?」
「チビっこいのは寝るのが早いんだよ」
そうなのか、と一人っ子のイザークは首を傾げる。
その時かちゃりとリビンクのドアが開いて、スラックスにTシャツというラフな格好をしたニールが姿を現した。
その髪はまだ濡れていて、襟元が軽く湿っている。
「いらっしゃーい」
「悪かったなこんな時間に」
「別に構わねーけど」
何か用だったか、と尋ねるニールに、イザークとディアッカはこそりと視線を合わせる。
ニールが芸能活動を休止するという知らせを受けて連絡を取ったら、彼の機嫌は妙によかった。
休止活動の理由を聞けば、子守だという。
最初はあれほど子供の面倒を見るのを嫌がる素振りを見せていたのにどうしたのかと不思議に思った二人は、ここまでやってきたのだ。
件の子供を見てみたいという好奇心もある。
「くおん、シャアル」
とてとてと後ろからタオルを持って顔を出した刹那は、イザークとディアッカを見てまるっとした目を大きく開く。
「くおん? だれ」
「紹介するわ。こいつが刹那。刹那、この白いおかっぱがイザークで、黒いのがディアッカだ」
「ニール、そいつが?」
「うお、ちっちぇ」
まじまじと見つめられて刹那はニールの後ろに隠れる。
「懐かれてんなぁ、ニール」
「それよりニール。この子どもの……」
「・・・…ニール?」
くりっとした目がニールを見上げて、ついでじっとイザークとディアッカを見た。
「ニール、ちがう。くおん」
どこかむっとしたような顔をしている刹那を抱き上げて、ニールはわしわしとタオルで刹那の髪を拭く。
それから二人を見て、後で説明すらぁと言い残してリビングを出て行ってしまった。
手持ち無沙汰に待つこと三十分。
戻ってきたロックオンの後ろに刹那はいなかった。
「あれ、刹那は」
「寝かせてきた」
説明すんのに色々面倒だしー、とニールは冷蔵庫からペットボトルの茶を取り出して、グラスに注いで二人の前に差し出した。
「んで、お忙しい二人がわざわざ俺のところにくるってことは重大な用があるんだろ?」
「……イヤミかそれは」
「バンドなら解散したぞ、一人抜けたからな」
「それについてはまぁ……悪かったな」
「別にいいけどよ。なぁニール、お前子供の面倒見るの嫌がってたくせにどういう風の吹き回しなわけ?」
「まぁ色々あってねぇ……一度可愛いと思うと何やってても可愛いと思えるんだなぁと」
どこかずれた事を言うニールに、自分はその「色々」について知りたいんだがねとディアッカは溜息を吐いた。
最初の頃何かにつけて子育てについて聞かれたのだから、それくらいの権利はあってしかるべきだ。
「その事について聞かせてもらおうと思ってきたわけなんだが、その前に・・・くおん、とは何だ?」
ニールと呼んだ時に刹那は違う、と否定した。
どうやら彼はニールの事を「くおん」と呼んでいるらしいのだが、ニールをどう間違えると「くおん」になるのかさっぱり分からない。
訝しげなイザークの問いに、ニールは予想外の問いを受けたかのように瞬きをして、そして何でもないような顔をして言った。
「あぁ、俺「ロックオン」になったんだよ」
「………………は?」
「「ニール」は捨てた。そんで「ロックオン」になった」
絶句したイザークとディアッカに、ロックオンはからりと笑った。