<撮影の合間7>
 



撮影が終わったあとのスタジオでは、スタッフがセットを片付けたり道具を運び出している。
その傍らで、キャストの休憩用に置かれた椅子に座って、ハレルヤは苛々と机を指で叩いていた。
片付けをしているスタッフは触らぬ神に祟りなしと言わんばかりにハレルヤに声をかけてくることはない。
ハレルヤが機嫌が悪いのは大抵アレルヤとティエリアの二人が絡んでいて、そんな時のハレルヤに下手に声をかけると酷い目に遭う事はスタッフ周知の事実である。
その他にもスタッフの間には暗黙の了解、というものが多々あったりするが、それはさておき。

ピリピリとした空気を出しているハレルヤに臆する様子もなく近寄っていく影を見てスタッフの一人が忠告しようと顔を上げ、それが誰かを見とめて笑み混じりに自分の仕事に戻った。


衣装から普段着にかえて戻ってきたソーマは、ハレルヤがまだ不機嫌にいるのに気付いてすたすたと歩み寄った。
「不機嫌ですね」
「・・・うるせぇよ」
睨みあげても最初からその反応を予想していたソーマは気にした素振りもない。
「アレルヤさんとティエリアさんはどうしたんです」
「あいつらなら先に帰ったよ」
「おいていかれたんですか」
「・・・もう少し言いようってもんはねーのか」
不機嫌の理由は最初から分かっているだろうに、声をかけてくるあたり性質が悪い。
あまつさえ向かいの椅子に座って、ハレルヤが飲んでいたコーヒーを勝手に飲む。
「苦いです」
「人のを勝手に飲んで言うことかそれが」
「ブラックは人の飲むものじゃありません」
「そこまで言うか。どんだけおこさま舌なんだお前」
「コーヒーが飲めないわけじゃないです、砂糖とミルクが入っていれば」
それをお子様舌と言うんだ、と突っ込む前に、だーっと砂糖とミルクをカップに入れられて、ハレルヤは口を噤むしかなかった。




次の撮影で使うからとスタッフに二人そろって追い出され、ハレルヤとソーマは連れ立って夕闇の道を歩いていた。
腕時計の示す時刻は六時過ぎ。
隣を歩くソーマをちらりと見下ろして、ハレルヤは言った。
「おい、暇ならメシ付き合え」
「私はあなたと違って暇じゃありません」
「さいで」
「ですが、あなたの奢りというのであればお付き合いします」
「・・・・・・・」
お前の方が稼いでるだろうが、という言葉は年上の矜持で飲み込んで、お前揚げ物平気か、とかわりに尋ねた。


表通りから少し離れたところにある串揚げ店はハレルヤ気に入りだ。
店に入ると、頭が少々心もとない親父がらっしゃい、と声を張り上げる。
「なんだ、今日はそっくりの兄ちゃんと一緒じゃねーんかい」
「いつも一緒にいるわけじゃねーよ」
「そっちは? 弟さんかい」
「ちげーよ。とりあえず今日のオススメで」
適当に会話を打ち切って、店の奥の席に入る。

ソーマはもの珍しそうにきょろきょろと店内を見ていたが、店主の言葉に首をかしげていた。
「弟とは誰のことだ?」
「お前だろ。そうしてると男みてーだしな」
象徴といっていい長い髪をまとめて帽子の中にしまいこんで、大きめのジャケットを着ていると、確かに少年に見える。
記者避けの変装かと思って聞けば、もともとこういう服の方が好きらしい。
「スカートとかひらひらしたものは好きじゃない。似合わないし。それを考えると軍服は楽だ・・・もらえないかな、あれ」
「やめろ」
日常から軍服を着ているのは目立ちすぎる。
本気なのか冗談なのか分かりにくいったらない。


頼んだものが届いて、ソーマはうきうきと一本を取り上げて頬張った。
が、熱かったのかすぐに水を取って流し込む。
「うまい!」
「やけどすんなよ」
はふはふと食べ進めるソーマに小さく笑ってハレルヤも一本目を取り上げる。

早々に一本目をたいらげて二本目を取ったソーマが口を開いた。
「しかし、なんでハレルヤは帰らないんだ?」
「帰ったらアレルヤとティエリアがいるんだよ」
「一緒に住んでるんだから当然だろう?」
「俺が一緒に住んでるのはアレルヤであってティエリアまで一緒に住んでねーから」
「そうだったのか?」
「そうだったんデス」
いつの間にかあがりこんで、半ば住み込んでいるけれど、あそこはアレルヤとハレルヤの借りている部屋であり、ティエリアは違うマンションにちゃんと自分の部屋を持っている。
しかし最近は(正確にはアレルヤとくっついてから)始終家に入り浸るは半ば住み着くようになってしまっていた。
ハレルヤがいるとティエリアはあからさまに邪魔だという目つきをするし、アレルヤはそういう素振りは一切ないが、ハレルヤとしても二人がいちゃいちゃしているのを好きで見たいわけではない。
自分の家にどうして帰りづらいと思わなければならないのか、思えば思うほど理不尽だ。
しかしアレルヤが幸せそうなので、面と向かってティエリアに家にくるなとも言いづらい。

というわけで自分の家なのに帰りにくいというサラリーマンのような心境を味わいながら、それでも普段はきちんと家に帰る。
今日に限ってソーマに奢ってまで家に着く時間を遅らせているのは、二人において先に帰られたから、だ。
悪意があったわけではないと分かっている(ティエリアは分からないが)
けれどなんとなく、帰りたくなくなったのだ。


ふむ、とハレルヤの愚痴を串揚げを食べながら聞いていたソーマは、そこで店員を呼んで新しく何種類か注文してからハレルヤに向き直る。
いつの間にか皿の上は空だった。
・・・・・・見かけによらず結構食べるなこいつ。
「別々に暮らしたりはしないのか?」
「まぁ、それも考えたんだけどよ。正直家賃を払う自信がねぇ」
メインキャストのアレルヤに比べてハレルヤのギャラが少ないのは当然として、あのマンションはセキュリティがしっかりしている分一人で払うには少々荷が重い。
しかし「アレルヤに似ている」ために下手にセキュリティの低いところに住んで騒動を起こしたらアレルヤにも迷惑がかかる。
そのうえハレルヤが抜けたらそのままティエリアが本当に居座りそうなのが癪だ。
「色々面倒なんだな」
「まぁな」
「今家賃はどれくらいなんだ?」
変な質問をするソーマに、ハレルヤは訝しがりながらも手で数字を示してみせる。
ついでにどれくらいまでなら払えると聞かれたのでそれにも答えた。
「それなら問題ないな」
「何がだ・・・もしかしていい物件紹介してくれるのか」
「ああ、駅から徒歩六分、セキュリティ完備、申し分ないと思うが」
「そんなとこあんのかよ」
「私の家だ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は・・・・・・・・・ぇ?」
なに言ってんだこいつ、とハレルヤは目を点にする。
ぽろりと串からうずらの卵が皿に落ちた。
ソーマは一人妙案を思いついたと何度も頷きながら新しい串を手に取る。
「家事全般をやってくれるなら、家賃は三分の一までまけてやろう」
「いや、お前一人暮らしじゃ」
「部屋が余ってるんだ」
そうじゃない、色々と大事なものが欠けているだろう。
言おうとして開けかけた口は、ソーマに串揚げを突っ込まれてふさがれた。
「というわけで、帰りにアレルヤに話をしなければな・・・それとも私と一緒に住むのは嫌か?」
少し眉尻を下げて覗き込んできたソーマに、うかつにもときめいてしまったのは一生墓まで持っていきたい。
口から串揚げを引き出して、ハレルヤは机に突っ伏した。





「え、アレルヤ、ソーマと一緒に住むの!?」
「ああ、ちょうど部屋も余っているし、家事をやってくれる人を探していたんだ」
帰り際に本当に報告をしにきたソーマに対して、アレルヤは目を剥いて尋ね返した。
そうだそうだ驚けそして反対してくれ、とソーマの後ろで腕を組んで事の次第を見ていたハレルヤは、いきなり両手を掴まれて、ぶんぶんと上下に振られた。
「そっか! 寂しいけどアレルヤが決めた事なら仕方がないよね!!」
僕応援するから! と真剣な目で言われて、ハレルヤは目を白黒させる。
てっきり「女の子と一緒の場所に住むなんて!」と反対されると思ったのに、思ったからこそ連れてきたのに、予想外の展開だ。
だいたい応援するって何を。

聞き返そうとした時には、アレルヤはソーマに対して、「アレルヤは料理上手だからね」などと余計な事を吹き込んでいた。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「なんだ、出て行くのか」
ハレルヤの肩に手を置いて言ったティエリアのわざとらしい動作に、目を眇める。
「厄介払いができて清々してるんだろ」
「心外だな、別にお前とアレルヤの仲を引き裂こうなんて思ってないぞ」
双子の兄弟の間に割って入るなんてできるわけないだろう、と肩を竦めてしゃあしゃあと言ってのけたティエリアは、専用のマグカップを傾けながらにんまりと笑った。
「ま、せいぜい頑張るんだな」
だから、何を。
尋ね返すと、眼鏡の奥の瞳を見開いて、ティエリアは腹を抱えて爆笑した。










それからとんとん拍子に引越しの話が進んで下見を兼ねて部屋に入った日。
家賃三分の一と家事一切ではとてもじゃないが釣り合わないと本気で思った。

 

 

 


***
(本編じゃどうあがいても無理なので)全力投球でハレソマを応援します。