<いらない真実>
ばさり、と刹那はそれを床に落とした。
信じられなかった。
信じたくなかった。
だって、こんなの。
「う、嘘だ」
でも書いてあることは消えない。
変わらない。
三つの雑誌で全部同じ言葉。
それは。
「お・・・俺の、俺の所為・・・なの、か」
大好きな人。
この世界で、一番大事な人。
かっこよくて、頼りになって、優しくて。
いつも刹那を気遣ってくれる、大事な、兄。
「ロックオン・・・の、家庭、は」
自分の所為で壊れたのか。
「う・・・うそだ、そんなの・・・うそ、だ」
首都から遠く離れた田舎町の図書館で。
刹那は、雑誌を握り締めてしゃがみこんだ。
電話をかけたロックオンは、出たのが祖母で刹那ではないことを不思議に思った。
「ばーちゃん、刹那は?」
『それがねえ、出ないとね』
「はあ?」
刹那がロックオンの電話に出ないなんて、おかしい。
そんなの初めてだ。
「ど、どーゆーことだよばーちゃんっ! なんでっ」
『ただ、出れないって・・・部屋に閉じこもってしまってね・・・ロックオン、戻ってこれないかねぇ』
「・・・」
携帯を握り締めて、ロックオンは考えた。
実は今も移動の車の中だったりする。
「ストラトス君、ついた・・・よ?」
マネージャーに声をかけられて、ロックオンは心細い思いで返事を待っているであろう祖母に呟いた。
「わかった、行く」
そういうと同時に立ち上がり、こちらを見ているマネージャーに車から出ようとせず、告げた。
「駅へ向かってくれ」
「ちょっ、ストラトス君! 今から映画の取材が」
「知ってる。蹴る」
きっぱりと言い切ったロックオンに、マネージャーがあんぐりと口を開いた。
今ついたこの場所で、ロックオンは映画のインタビューを受けることになっていた。
二週間前に公開された「怪人三十面相」は前評判も高かったが期待以上の邦画に稀に見るヒットを繰り出し、その中で準主人公的な立ち位置にいたロックオンは、当然取材が殺到した。
公開されて間もない映画は、今が最も盛り上がっている。
なのに。
「無理だよ! ぜったいにだめ!」
「・・・じゃあいい、勝手に行く」
「ダメだって!」
悲鳴を上げたマネージャーを無視して、ロックオンは車のドアを開く。
荷物を引っ掴んで、財布と携帯をポケットにねじ込んだ。
「ストラトス君! 君は今どれだけ大事な時かわかって!」
「俺の家族が大変なんだ」
「き、君の家族はディランディさんだけ――」
車から離れて歩き出し、ロックオンは携帯からある人へと電話をする。
「あ、俺です」
『遅いわよ、ロックオン君』
穏やかな共演者の女性の声に、すいませんとロックオンは言った。
小走りになる。
後ろから走ってくるマネージャーは振り切れそうだ。
「わりーんですけど、身内のとこに直行しなきゃいけない用事ができたんで今日はサボります」
『ええ!? もうカメラも全部セットされてるのよ!?』
「すいません、俺には、今までのキャリアとかより大事な用事なんです」
しばらく向こうが沈黙する。
ロックオンは駅の前まで来ていた。
『――・・・わかったわ、急病ってことにしておいてあげる』
「サンキュ、マリナさんっ」
通信を切ると、ロックオンは駅へと走りこんだ。
学校は休めなかった。
刹那は重い足取りで小学校の教室の扉を開く。
「・・・」
無言で誰とも目を合わせずに、刹那は自分の席に座る。
もともと、人とかかわるのは得意ではない。
「よぉ、刹那! お前も「怪人三十面相」見たか!?」
「オレ見た見た! 探偵助手のにーちゃんがかっきーかった!」
「でもさぁ、こないだあたしが持ってきた雑誌みたでしょ? あのロックオン=ストラトスって愛人の子供のせいでおかーさん死んじゃったんだよー」
「・・・っ」
「ひどいよなその子供」
「そーよね、生まれなきゃ、ロックオンのお母さん自殺しなかったのにね」
「なー刹那。お前もロックオン=ストラトス知ってるだろ?」
クラスメイトに声をかけられて、刹那はぎゅっと拳を握るとふるふると首を振った。
つまんねーの、と口を尖らせた男子に女子が意見する。
「でもさ。刹那も良く見ると可愛いよね」
「そーそー、ジャニーズとかはいらない?」
「なっ・・・」
目を丸くした刹那は、彼らが机の上に広げている週刊誌を見て眉を寄せた。
嘘ではないと思う。
祖母に聞いたら、「ばーちゃんは外の難しいことはわからないなあ」とごまかされた。
ロックオンには、聞けなかった。
「でも、ロックオンって芸名だったんだね」
本名かと思ってた、と週刊誌を読みながら女の子が言う。
「14ん時に1年間唐突に休業宣言かー」
「あたしのおねーちゃんファンだったらしいよ、ニール=ディランディ」
休業から戻ったらいきなりロックオン=ストラトスになってたんだって、と言われて男の子が首をかしげた。
「それってかーさんが言ってた、謹慎だったって」
「一年もぉ?」
「隠し子が原因で母親が自殺したんだぜ。とーぜんだろ」
親が言っていたことをそのまま当然のように言った彼らは、刹那が唇を噛み締めたのに気がつかなかった。
(・・・ロックオンは、俺のこと弟だって言ってた・・・)
握り締めた拳に、爪が突き刺さる。
(俺がロックオンの弟で・・・ロックオンが俺のところにきてくれたのが五年前で・・・)
時期が一致した。
違うと信じたくて、何度も調べた。
だけど、気がついてしまった。
(俺は、ロックオンから、家族を)
家族を奪ってしまった。
許されないことをしてしまった。
ただ自分が存在することが、ロックオンにとって。
「・・・うっ、えっく」
学校にいなくてはいけなかったのに、家に帰って、部屋に駆け込んで膝を抱えた。
自分なんかいなければ良かった。
生まれなければ良かった。
いてはいけなかった。
いないほうが良かった。
わかっていたのに。
弟じゃなければ良かった。
そうとすら思った。
だけど。
「・・・く、おん。くおん、くおん・・・くお、ん」
会いたい。
嘘だよって、そんなことは嘘だって言って欲しい。
刹那はバカだなあって笑って頭を撫でて欲しい。
「くおん・・・くおん」
「刹那!!」
声が聞こえた。
刹那は涙に濡れた顔を上げる。
「刹那、刹那!」
駆け込んできたロックオンは、ばたばたと刹那の部屋にはいってきた。
呆然と見上げるしかない刹那をそのまま抱きしめる。
「ばか、なんで泣いてるんだ」
「は」
「どうした」
「・・・はな、せ」
何とか腕から抜け出した。
刹那に拒否されたことが初めてで、ロックオンは愕然として刹那を見つめる。
「ど、どうした」
「・・・俺は・・・いないほうが良いんだ・・・くおんのために、いないほうがいい」
ふるふると首を振った刹那をロックオンは理解できず、困ったような顔をした。
「お前がいないほうが良いわけがあるか。俺はお前が必要だ」
「・・・ちが、う。俺は、俺はくおんの家族」
「俺の家族はお前だ」
「違う!!」
叫んだ刹那の目から涙がこぼれた。
「俺は――俺はくおんの家族をうばった!」
「は?」
「・・・俺は・・・くおんの家族を・・・俺のせいで、くおんのお母さんは」
「・・・・・・お前・・・週刊誌、読んだのか・・・」
呆然と呟いたロックオンの反応に、刹那は書かれていたことが嘘ではなかったとわかった。
嘘だったらロックオンは違うといってくれたはずだった。
「俺は、くおんから家族を」
「それは違う!」
「うそ、じゃない。知ってるだろう」
「・・・・・・刹那、確かに俺の母親は自殺した」
「俺のせい」
「違う!」
乱暴に言ってロックオンはつかつかと刹那に近寄ると、もう一度うえからがばりと抱きしめた。
「くおん、苦し」
「よく聞け、刹那。俺の母親は確かに自殺した。だけどそれはお前のせいじゃ」
「くおん・・・嘘ついてる」
呟かれて、ロックオンはため息をついた。
きゅ、と刹那の小さい手がロックオンの背中に回った。
「うそついてる」
「・・・・・・お前が気にすることじゃない」
「・・・・・・・・・くおん、そういうと、思った」
か細い刹那の声に、ロックオンは自分には彼を納得させることのできる言葉を言えないとわかった。
それ以上言葉を重ねても、刹那を傷つけるだけだった。
「刹那、俺はお前が家族だとわかってる。お前は俺にとって必要なんだ」
「・・・」
ひっく、と小さく泣いた音がしたが、もう刹那は泣きじゃくったりはしてくれなかった。
***
ロックオン19、刹那11。
刹那がちょっぴり大人になっています。
なおこの辺はあんまり乗り越えていないかもしれません>刹那