<それが答え3>
とっさにポケットの中から飴を取り出して刹那の手に押し付けると、アレルヤはティエリアを追って走り出す。
押し付けられた飴をきょとんとして見下ろしてから、刹那はロックオンを見上げた。
「あー・・・まあ、今日のミーティングはまたあとでなってことで」
「飴はなんだ」
「刹那へのお詫びかな」
「ふうん」
ぴりとフィルムをはがして、刹那は白いそれを口に入れた。
たぶんミルク味なのだ。
「ティエリア!」
叫んでも、彼は止まらない。
もともとマイスター同士の仲がよくないのは周知なのに、これ以上上手くいっていない様子をさらしてクルーを心配させたくもない。
だが、その考えは歩いていくうちに揺れる感情に押し流された。
「――っ、いけないよ、ハレルヤ」
ここで彼を出すわけには行かなかった。
ハレルヤはけして悪い人ではない。
だけど、彼がアレルヤと同じ感情をティエリアに抱いているとは限らないし、そうであってもそうでなくとも、彼の良くも悪くもまっすぐで感情的な言葉は相手を傷つけかねない。
「お願いだ、この件は、僕に任せてくれ・・・」
必死に息をして、落ち着くことに努める。
感情が揺れるのは、入れ替わりの前兆だ。
ものすごく問題があるわけではないし、アレルヤばかりが外に出ているのも悪い気もしていた。
だけど、今は大事なときだから。
廊下を蹴って、まっすぐに進んだ。
艦内はそれほど複雑な構造にはなっていない。
やはり行き着いた先は、今は無人になっているシュミレーション室だった。
マイスター以外がここに足を踏み入れることはない。
「――ティエリア」
「・・・」
無言が返る。
アレルヤはこちらに背を向けて座っているティエリアに向かって数歩進んで、それから足を止めた。
近寄ってほしくないかもしれない相手には、それ以上近寄るべきではないと思ったからだ。
ティエリアが感情をあらわにしたのは、彼の何かが揺らいだからだ。
完璧を求める彼は、あのときの衝動的な自身の行為に怒りを覚えているのかもしれない。
それをさせてしまったのはアレルヤだ。
いつから態度がおかしいかって、そんなもの思い返すのも愚かなことだ。
だから考える。
どうすれば彼がまた、あのわずかな微笑を向けてくれるかを。
「・・・ねえ、僕はまた何かを間違えてしまったね」
いつもと違った調子の声のアレルヤに、ティエリアは少しだけ体の位置を変えた。
「好きだよ、ティエリア」
「だから!」
何度も同じ事を繰り返す相手に、ティエリアは怒鳴る。
「だから、今更そんなことを――」
「・・・遅くなって、ごめん」
拳を握って、アレルヤはこちらへ歩いてきた。
腕を伸ばせば届くほどの距離に立って、穏やかな目でティエリアを見下ろす。
さらりと、髪に触れられた。
「聞いて。僕はティエリアが好きだよ、こうやって触れたいし」
細い指が、眼鏡を奪う。
髪の間にあった指が手が、耳の辺りを包み込む。
「キスだって、したいよ」
唇が触れるほど近い位置で、彼は低い声でそうささやく。
お互いの吐息に導かれるように、柔らかく重ねられてゆっくりと離された。
唖然とした顔のティエリアに、アレルヤは子どもっぽい顔で笑う。
「これで、おあいこ、だよね」
明らかに照れ笑いのその顔を見上げながら、ティエリアはぼうとする頭の片隅で、なんとか思考を回していた。
たぶん、アレルヤは半分ぐらいしかわかっていないのだ。
ティエリアがしてしまった行為を、それが思いつめた先の行動なのか衝動的なものなのか(あまりかわらないのだけど)計りかねて、自分も同じ事をした。
少なくともそれで、ティエリアが自身を恥じることはないだろうと思ったのだろう。
けれど正解は違って。
ティエリアはあのときの行動を後悔しているわけではない。
ただ――
「・・・不正解だ」
「え」
赤い目で見上げられて、アレルヤは頬を少し染めて顔を離す。
「君は優柔不断だ。それが答えだ」
「・・・?」
わかって居なさそうなアレルヤに、ティエリアは眉をしかめた。
これ以上言う必要性は感じない。もっと言えば、言いたくない。
自分の思考を言葉にするのがこれほど困難だとは思っていなかった。
ただ。
通常のマイスター同士ではしないことをしたのに。
普段のように接して、何も言わないアレルヤにいらついたのだ。
「何も言わないからだ」
「何も――・・・って、え、だって・・・そう、そうか」
やっと納得がいったらしいアレルヤは、その目じりを下げて頬を染めたままで微笑んだ。
それからゆっくりと、また顔を近づけてくる。
今度は両の手で両方の頬に触れられた。
「――キスしていいかな、ティエリア」
答えることなく、ティエリアは目を閉じる。
そうであるべきだと本にあった。
だから閉じたのに。
「目、開けてて?」
「どうしてだ、閉じておけと書いてあった」
「うん、だけど開けてたほうがティエリアらしいよね」
くすくすと笑われて、ティエリアは目を開ける。
本当に近くに、焦点が合わないほど近くに彼の顔があった。
声にも出さず。
唇も見えなくて。
だけど唇にかかる息でわかった。
すきだよ
とても簡単な、四つの文字に。
ティエリアは残りの距離を自ら埋めることで答えた。
***
ティエリアはここまでくるのにすんごい悩んで頭ぶつけて本読みあさって。
「・・・・・・・・・・・あ、」
と、恋愛感情を理解するまで苦労したと思います。