<ララバイ>



何度も何度も聞いた。
まどろんでいる刹那の耳に届く声は、響き渡るような朗とした軽やかさも、甘やかなものでもなかった。
それでも刹那のためだけに歌われる歌は、刹那にとってはどの歌よりも心地よく、柔らかく聞こえて、もう少し聞いていたいと思いながらも少しずつ眠りへと引っ張られていく。
それでもその歌声にさして執着を持たなかったのは、それは必ず自分の傍にあり、与えられるものであると思っていたからだ。

組織に来て最初の頃、なかなか眠らない刹那に対してロックオンは色々と試してみた。
いまだに何かにつけて渡されるミルクはその頃の格闘の名残で、もうひとつは眠る時に口ずさむ子守唄のようなだった。
本人曰く自分が小さい頃に歌ってもらっていたから覚えてしまったのだと。
ロックオンの口から家族について聞いたのはその時だけだった。
彼の母親はきっとロックオンに大して惜しみない愛情を注いでいたのだろう。
でなければこんな優しい歌歌えるはずなどなかった。










暗い部屋で冷たいシーツにくるまって、静寂の中床に座り込んでいた。
いつまで経っても襲ってこない眠気に緩く首を振り、やがて億劫そうに立ち上がる。
寝なければ次の日の行程に支障がでる、というのは建前で、「子どもはきちんと寝なければならない」と刷り込まれた習慣が刹那を眠りへの衝動へと向けていた。

ひたひたと、足元を照らすだけの証明の中、食堂へと向かう。
いくつもの荷物が床に置かれた雑多な場所で、保冷所から牛乳を取り出して、小さな鍋を探す。
結局見つからずにその辺りにあった大きな鍋の底にうっすらと牛乳を満たして火にかけた。
コンロのつまみをひねる瞬間に一瞬手を止め、ゆっくりと回す。
ものの数十秒でうっすらと湯気を立て始めたそれをコップにうつして、刹那はずるずると腰を落とす。
ず、と啜った白い液体は乳臭くてただ熱かった。
「・・・刹那?」
どうしたの、とアレルヤの声に刹那は顔をあげた。
入り口のところでアレルヤが驚いた顔をして立っていた。
「眠れないの?」
こくりと頷くと、アレルヤは食堂の電気をつけずゆっくりと刹那の傍に膝をついた。
「自分で・・・作ったんだね」
「甘くない」
ぼそぼそと呟く刹那にアレルヤは眉尻をさげてそっと刹那の頭に触れる。
刹那は僅かに身じろいで、ほんのりと温まったカップを両手で握り締めた。

ロックオンの作るホットミルクは甘くて、眠れないというとよく作ってくれた。
どんなに気がたっている時でも、それを飲んで横になってあの歌を聞いていると不思議と眠れた。
だけど今はどれだけ眠ろうとしても、ミッション前でもないのに頭ばかりが冴えてくる。
「・・・へやに、もどる」
「刹那」
アレルヤに飲みかけのカップを押し付けて刹那は立ち上がった。
後を追いかけてきそうなアレルヤを背にして部屋に戻る。
ベッドに倒れこむように乗り上げ、頭からシーツを被って刹那は固く目を瞑った。
「・・・ク、オン」

自分で淹れたホットミルクは甘くなくて、
自分で歌う子守唄はちっとも温かくも優しくもなかった。