赤に染まる頬は怒りによるものだ。
メガネを外されて剥きだしとなった赤の瞳にはありありと怒りの色が見えていたが、ティエリアは椅子に座り込んだまま動けなかった。
肩が張る、足にまとわりついた布が邪魔で立つことすら困難だ。
どうして自分がこんな目に、と苦虫を噛み潰したような顔をしているティエリアの傍で、アレルヤは困ったように眉を寄せていた。
<ひらひら>
うふふふ、と艶やかな笑みを浮かべて迫ってくるスメラギに、ティエリアは思わず雰囲気に呑まれて後ずさった。
彼女の手には一升瓶が握られていて、すでに中身は半分以上が消失している、もちろん彼女の胃の中にだ。
「ねーえ、ティーエリアー」
普段より間延びした声で、顔を赤らめたノリエガがついとティエリアの顎に指をかける。
どうしで壁際に寄ってしまったのかと先ほどの自分の判断を後悔しつつ、ティエリアは視線をスメラギの後ろにいるアレルヤへと向けた。
今現在親睦という名目でクルーとマイスター達が合同で食事をしていた。
だからこの部屋には監視係として残されたリヒテンダールとフェルト以外の全員がいた。
そしてそのほぼ全ての視線が、傍から見ると美女に言い寄られている美男子という図に注がれていた。
「ス、スメラギさん、酔ってます?」
「んー? 気分はいいわねぇ」
アレルヤの控えめな問いに答えになっていない答えを返して、スメラギはひっくとしゃくりをあげる。
「ねえアレルヤ、ティエリアって綺麗だと思わない〜?」
「え、あ、そ、そうですね」
手をティエリアの顎にかけたまま、くるんと首だけをアレルヤの方に向けてスメラギは尋ねる。
突然の問いにどう答えていいのか逡巡した挙句肯定したアレルヤに、にんまりと口元をあげてスメラギは続けた。
「肌も白いし髪はまぁちょっと短いけど私結い上げはできないし、やっぱり着物が似合うと思うのよね」
「・・・・・・キモノ、ですか?」
いきなり出てきた単語に目を瞬かせるティエリアとアレルヤ。
そーよぉ、とスメラギはティエリアの首に腕を回してとてもとても楽しそうに微笑んだ。
「ティエリア、着物着ましょ」
「・・・・・・・・・・・・」
「完全に酔ってるな、スメラギ女史」
遠巻きに見ていたロックオンの言葉が室内に痛いほどに染み入った。
着物といえば確かスメラギの故郷でもある日本の民族衣装の事だ。
一年の初めに着ることが多いというそれは、画像で見た限りでは女性が着るものであった。
「キモノとは女性の着るものだろう」
「男の人だって着るわよ〜?」
そりゃあ着物の主役といえば振袖で美女って相場は決まってるけどね、とスメラギにしか分からない事を呟きつつ、スメラギはティエリアを出口へと連れて行こうとする。
どうやら本当にキモノをティエリアに着せるつもりらしいと分かったが、よくよく思い出してみれば黒いキモノを着た男性も画像にはいた気がする。
あの程度であるならばそれほど拒否する事もないのかもしれない。
スメラギの絡み酒は一度始まると長いとこれまでの経験から知っているティエリアは、渋々スメラギに従う事にした。
「あ、アレルヤ一緒にきて手伝ってちょーだい」
「え?」
「着付けって力がいるのよねぇ」
ほらほら、と急き立てられるままに、アレルヤもスメラギとティエリアの着付けに付き添うこととなった。
部屋に入ってスメラギの「キモノ」を見せられた時はティエリアは即座に回れ右をして帰ろうとした。
用意されていたのは画像でみた女性のものとよく似た、淡い桃色の反物だった。
・・・・・・どこからどう見ても女性ものだ。
しかしスメラギに捕獲された挙句、アレルヤも綺麗なティエリア見たいわよねぇなどとアレルヤを引き合いにだし、あまつさえアレルヤがそれを肯定したものだから、逃げ道はなくなった。
そして着付けがこれほどまでに苦しいものだとも思ってはいなかった。
きつくやらないとすぐ解けちゃうから、と力の限り締め上げられた帯のおかげで溜息ひとつ吐くのもままならない。
その上やたらと重いので、肩から腰から張っていて、その上腕を満足に上げることすらできなかった。
着付けを行った本人は、一仕事を終えた顔で、喉が渇いちゃったなどととっとと部屋を出て行ってしまった。
アレルヤは不機嫌前回なティエリアにどう言葉をかけるべきか分からず、かといって一人残していくのは嫌だったので、無言でひっそりと立っていた。
着付けを手伝ってしまった手前、変な言葉はかけられない。
かなりの時間悩んだ挙句に口にしたのは、とても単純な一言だった。
「テ、ティエリア」
「・・・・・・何だ」
「よく似合ってるよ」
この場合女性の着るものなので、似合っていてもこれっぽちも嬉しくない。
ますます眉間の皺が深くなったティエリアに、アレルヤは自分の失言に気づいてしおしおと項垂れた。
「ごめん・・・・・・ティエリアどうする? 皆のところへは・・・」
「誰が行くか」
「そうだよね」
脱がすにしても、たくさんの紐と綿と飾りとを使っている服はどこから脱がせればいいのかさっぱり理解できないのでスメラギが戻ってくるのを待っていなければならない。
スメラギを呼びにいこうか、と口にしかけたアレルヤより先に、ぶっきらぼうな声が発せられた。
「アレルヤ」
「何?」
「俺にこれは似合っているのか?」
不機嫌そうな声に、ここは似合ってないと言うべきなのだろうかとアレルヤは戸惑う。
正直なところ、ティエリアはとても着物が似合っていた。
長い裾のせいで閉じられたままの足はすんなりとしていて、ぴんと伸ばした背筋は凛とした空気をかもし出している。
これを言ったら余計ティエリアの機嫌を損ねるかもしれなかったが、嘘をつくこともできずに、アレルヤは小さく笑みを形作って言った。
「うん、とても似合ってる。綺麗だよ」
「・・・・・・・・・そうか」
そのままふい、と横を向いてしまったティエリアに、アレルヤはやっぱりと眉尻をさげた。