子供は自分を写すと思う。
楽しければ笑うし。
苛立っていればすねる。
だから俺は笑っていよう。

この子を笑わせておくために。



 


<Schutzer Finale>

 




ジャーという音に誘われるように刹那が起き上がってくる。
「おはよ、ロックオン」
「おやよう刹那。ジャムはイチゴとブルーべリーどっちがいい?」
「イチゴ」
くにくにと目をこすりながら、刹那は洗面所で顔を洗う。
顔を拭いてから髪をとかして、ぐいと引っかかるのをガマンして櫛を通す。
一緒に暮らしだしてからしばらくはロックオンが梳かしてくれていたけれど、いつの間にか一人でできるようになった。
でも。

「・・・ロックオン」
「どうした刹那」
「とかして」
キッチンにエプロンをつけて立っていたロックオンは刹那の言葉に苦笑してやってくる。
たぶん、いつもならこんなことを言ったら笑って相手にしてくれないのだけど。
今日だけは特別。

・・・今日は、特別。

「刹那の髪は綺麗だなー」
笑いながら梳かしてもらって、刹那は目をつぶる。
温かくて大きいロックオンの手が気持ちいい。
「ほら、できたぞ」
「・・・ん」
もうちょっと髪をごちゃごちゃにしておけばよかったと後悔しながら、刹那はロックオンの後についてダイニングへ行く。
そこにはもう湯気の立つ朝食が用意してあった。
「はこぶ」
「ありがとな」

いつもと同じ朝。
刹那の大好きなチーズ&トマト入りスクランブルエッグと、サラダと、ジャムたっぷりのトースト。
そして、グラス一杯のミルク。
・・・冷たい牛乳を飲めるようになったのはいつだっただろうか。

ゆっくりとグラスを傾けて、飲む。
目の前に座っているロックオンをグラス越しに見ると、笑っていた。
「ロックオン?」
「ちゃんと食べろよ」
「・・・・・・たべる」
残さず、たべる。
パンくずだって残さない。
――だって、今日のこれが。



最後なんだから。










電車に揺られて、初めて新幹線というのに乗った。
それから長い間乗っていて、次に別の電車に乗った。
お昼も食べて、夕方近くになってようやくついた。

ロックオンに引かれてついた家から出てきた人は、写真では見ていたけど会ったのは初めての人だった。
反射的にロックオンの後ろに隠れた刹那は、手をちょっとだけ強く握られて勇気を振り絞って前に出る。
「せ・・・刹那、です。はじめまして」
「よく来たねえ、刹那。ニールも久しぶりだね」
「久しぶりばーちゃん」
にこりと笑ったロックオンを、老人は刹那の知らない名前で呼んだ。
そういえば苗字は聞いていないなと思い、刹那はロックオンの手を引っ張る。
「ニール?」
「・・・ロックオン、だよ。ばーちゃん」
「そう・・・そうだったねえ。ロックオン=ストラトスになったんだねえ」
少しだけさびしげに目を細めて、老人は刹那の頭を撫でた。
そのふわりとした撫で方がロックオンと同じだった。

「泊まっては行かないのかい」
「明日の早朝からオーディション行くから」
ぎゅっと刹那はロックオンの手を握った。
今晩だけでも一緒にいてほしかった。
最後の願いだった。
「・・・刹那、大丈夫。冬にはまた戻ってくる」
「ほんと?」
「ほんとだ。だから刹那もちゃんと学校行くんだぞ。勉強して、早く大きくなれよ」

しゃがんだロックオンに刹那は抱きついた。
堪えようと思っていた涙がこぼれる。
「ロックオン・・・くおん、いやだ、やだ、やだ、くおん、やだ」
昔の名前で呼んで、泣きじゃくってすがりついた。
ロックオンは優しく抱きしめ返してくれたけど、ここにいるとは言ってくれなかった。
ゆっくりと腕がほどけて、泣きじゃくった刹那の顔をそっと拭いてくれたけど。

「いい子にしてろよ、刹那」
「・・・やだ、くおん、いやだ、いやだ」
オンミがいなくなって。
今度は彼がいなくなる。
「おいていかない、で。オンミみたいに、おいていかないで」

オンミは返ってこなかった。
一年待っても帰ってこなかった。
ロックオンも戻ってこないかもしれない。
オンミみたいに刹那を置いていってしまうかもしれない。

「大丈夫。俺はちゃんと戻ってくる」
ぐりぐりと頭を撫でられて、刹那はそれでも泣いて。
ここにいる、とそう言ってほしかったのに。
刹那のそばにいると言ってほしかったのに。
「くおん・・・やだ、やだよぉ」
「すぐ会える」
「いっしょに、いるっていった・・・ずっといるって、オンミのかわりに、いるって」
涙でぐちゃぐちゃになった顔でそう訴えても、ロックオンは考えを変えてくれなかった。
代わりに刹那を優しく抱きしめて、温かく包んで、頭を撫でて。
穏やかな声で、大好きな声で。

「またな、刹那」
「やだあ!」
「・・・じゃあいつか、お前も東京に来い」

何気ない言葉だったのだろう。
その場で刹那をなだめるための、本気ではない口先だけの言葉。
けれど刹那はその言葉に頷いた。

「うん」
「じゃあな」
「・・・うん」

手を離した。
一年一緒にいてくれた手を離した。

そしてその手を振った。
意志をこめて。



「バイバイ・・・ロックオン」


手を振って去っていく大好きな人に、ぐしゃぐしゃの顔だったけど笑顔を見せた。



 

 

 

 


***
唐突に別れ。

だから刹那は勝手に上京してきました。