小さな手が握ってきた。
自分しか頼るものがいない小さな手。
反射的に握り返した。

守るべきだと思った。


 



<Schutzer 4>

 




ニールはセツナの手をひいて疲労困憊で玄関に倒れこんだ。
すぐそこのコンビニにいくだけだったのに、セツナが右に左に走っていくから大変だったのだ。
そのくせ店員や客に声をかけられると、ニールの後ろに泣きそうな顔で引っ込む。
人見知りにもほどがある。

「くおん」
「・・・ほら、上がれ」
命令しながらぐったりと壁に体重をかける。
母親と思しき影をみると、セツナは常に走っていこうとした。
それが母親ではないことはニールは承知だったのだが、もしかしたらという一抹の思いはないでもなかった。
だが、当然誰も違った。

携帯が鳴る。
「・・・なんだ」
『ニール君・・・ちょっと、事情があってね』
「なんだ」
マネージャーの声が遠い。
『その、君のお父さんに事情を話したら・・・人は絶対よこすなと言われてね』
「・・・はあ?」
『悪いけど、しばらく一人で耐えてくれないか。なるべく早く世話係を探すから』
「・・・・・・わかった」

父親が絡んでいるのならマネージャーにあたっても仕方がない。
思いのほか寛大な結論を下した自分にニール自身が驚いたが、多分コンビニにいる間にディアッカからもらった子守のコツその4が習得できているのだろう。
その4.子守をする時は自分の全てを持っていかれる覚悟をしろ。
・・・そんな覚悟はない。
したくもない。
だが、ここにいる間自分の時間は全部セツナが使うと思えば、むしろ今のようにおとなしくテレビを見ているのが僥倖のように感じる。

アイドルとしてはいまいちぱっとしないディアッカだったが、人間的には一つ上のニールより相当大人であったことに感謝しつつ、キッチンに入って買ってきたものをおいた。
「セツナ。昼食うぞ」
「たべる」
とことことダイニングの机に腰掛けたセツナの前に、彼が悩みに悩んで選んだスパゲッティをおいた。










昼食後、お気に入りらしいビデオを見出したセツナは放置しておくことにして、ニールはもう一度セツナの母親の部屋に入ることにした。
ぱっと見ると何もなかったが、まったく必要のないものまで持っていくとは考えにくい。
案の定、要らないらしい服や小物がちらほら残っている。
だがさほど芳しいものがない一方、ある覚えのあるものに嫌な予感がした。

これは、ニールの母親が愛用しているのと同じ香水だ。
それが部屋中に染み付いている。
それほどマイナーな香水ではないが、それほどメジャーなものでもない。

嫌な予感のまま、セツナの部屋に入ることにした。
子供らしく雑多になっている部屋だったが、不釣合いに大きな勉強机にはぽつりと学習帳がおいてあった。
横にころりと転がっている鉛筆がニールの指に触れて動く。
何気なしに取り上げた学習帳には。
名前が書いてあった。

「・・・・・せつ・・・」

この漢字は読める。
だがそれの意味は?
なぜ、彼はだって、日本語が満足にしゃべれない子供だ。
母親をあの意味不明の言葉で呼ぶ以上、彼は。

「刹那・・・!?」
それが名前だというのか。
あの子の。
それじゃあ、この、漢字の意味は。

刹那。
その名前をつけたのは誰か。
「あ」
次のページにつたなく書かれた文字があった。


せ つ な


同じ文字が並ぶ。
全部ひらがなだったが、延々と並ぶ最後のあたりにはくしゃくしゃと記号のようなものが書いてあった。
「刹那」と読めないこともない、いや、知っていないと間違ってもそうは見えないのだが。
必死に何度も書いたらしいそのいびつな文字の書かれたノートをおく。
その鮮やかさに初めて気がついたが、暗いと思っていた部屋が思いのほか明るかった。
原因を探して視線をめぐらせたが、部屋に電気はついていない。

「くおん?」
小さな声が聞こえた。
振り向くと刹那が居る。
「あ――・・・」
勝手に部屋に入ったことに対して言い訳をしようと思って、しかしその言葉は出てこない。
けれども刹那は気にした様子はなかったようで、そのままパチンと電気をつけてずりずりと毛布を引きずりつつ部屋に入ってくると、ニールの服の裾を引っ張ってにこり笑った。
「カンズ、みる?」
「カンズ・・・? あ、ああ、見る」
なにかを見せようとしているのがわかって、とりあえず頷いておく。
文脈からしてなんだろうか。

刹那はごそごそとベッドの下から大きな空き缶を掘り起こしてくる。
それを部屋の中央において、しゃがみこんでふたを取った。
それを覗いてニールは納得する、なかにごちゃごちゃと詰め込まれていたのは小石に木の枝、ガラスの欠片、セミの抜け殻、干からびた草、花、壊れた玩具。
「オンミ!」
叫んで刹那が差し出した写真。
それを受け取ったニールは、無邪気に微笑む刹那に向けた緩やかな表情を硬直させた。


ウェーブのかかった長い黒髪の美女は、刹那の母親で間違いないだろう。
だが、その傍らに立つ男は。
女の肩を抱き寄せて、今より幼い刹那を担ぎ上げている男は。


「刹那・・・これ、誰だ」

乾いた声で言った。
それに刹那は答えた。

「バーバ!」










どうしたらよかったのか。
ニールは無意識に写真を握り締めようとしていたらしく、それを止めようと泣き叫ぶ刹那の声でやっと我に返った。
ひしゃげてしまった写真を抱いて、刹那は泣いた。
だが彼をなだめることはニールにもできなかった。

わかってしまった。
悟ってしまった。
もっと別の言葉だったらよかったのに。
だってあの男は。

あの顔は。



「くそっ・・・」
父が人をよこすなというはずだ。
愛人のマンションに、隠し子までいたのか。

父が嫌いだった。
母があんなになったのは父のせいだ。
なのに自分は、こんなところに家族をこしらえて、何も知らない刹那を。
「オンミ、オンミ・・・」
まだしゃくりあげて泣いている刹那をかまう余裕はなかった。
けれど意識下にぼんやりと、なにかしなくてはと思っていたので、何も考えたくない代わりに刹那をかまうことにする。
「刹那、ほら、飴だ」
ぞんざいにポケットから飴を取り出したニールはしかし、刹那の必死の様子に言葉を呑む羽目になる。
泣きながらそれでも必死に、刹那はしわのよってしまった写真を伸ばそうと何度も何度もこすっていたのだ。

「刹那・・・」
「・・・っくっ、ひっく」
泣きながら、それでも手を休めない刹那にニールはふらり歩み寄って、後ろからその小さな背中を抱きこんだ。
「・・・ごめん、ごめんな刹那。ごめん、ほんと、ごめん・・・」
「・・・・・・くお、ん?」

怪訝そうな顔で振り返った刹那に安堵することもできず。
ニールは子供の肩に額を当てて、小さな声で泣いた。

 

 

 

 





***
ロックオンが真相にたどり着きました。
この辺から今見るロックオンになるのではと思います。

どうでもいいが妄想激しすぎだ私。