昔から顔は整ったほうだった。
運動神経もよかった。
頭もよかった。
要領もよかった。
なにより、大人をうまく使うことが出来た。
<Schutzer 1>
マネージャーの車から降りて、巨大なマンションの中へと入るとエレベーターで最上階に昇り、少年は無言で玄関の鍵を開ける。
何も言わず玄関で靴を脱ぎ、何も言わず自室と定めた場所へ入っていく。
「やめて、おねがい、やめて!」
ドア越しにでも聞こえる悲鳴には、耳を貸さないことにしてからどれだけたったのか。
それは自作自演のときもあったし、本当の悲鳴だったこともある。
「ニール、助けて、助けて」
だんだん小さくなる声を無視するのに限界がきて、CDの音を入れると最大にした。
高級なマンションだから防音性には事欠かない。
ドンドンドンッ
ドアが叩かれたが、開かない。
鍵もちゃんとかけてあった。
「おいニール! 開けろ!」
太い男の声。
その声を聞いて、眉を上げる。
法律上父と呼ぶ相手の声ではない。
「おいこら、帰ってんだろう、知ってるぞ!」
ため息をついて音量を上げた。
相手にしたくない。
「・・・・・・くそ」
次は泊りがけになるから。
早く仕事が。
もっと仕事を。
「クソ親どもっ・・・!」
悪態をついて、十四の少年は力いっぱい壁を蹴った。
不機嫌顔でスタジオに現れたニールにマネージャーが小声で声をかける。
「ニール君・・・その、ちょっと事務所から話があってね」
嫌な予感がした。
持ち上げかけていたギターを下に下ろして、彼について部屋を出る。
「何ですか」
「君に・・・謹慎令が出た」
告げられたその言葉に、頭に血が上った。
怒りは抑えることができず、彼の拳が床をひどい音をさせて殴る。
「どうして!」
「理不尽なのはわかっている。だけどこれはこういう商売だ」
「俺は何もしていない! あのクソ親どものっ」
「ニール! 言葉を慎むんだ。・・・確かに君の親の所為ではないけれど、それでも」
唇を噛み締めたニールは相手に食って掛かる。
「俺はここにしか居場所がねーんだ! なんで、なんでそれをうばうんだ・・・俺にあの家にいろってのかよ!」
叫んだニールにマネージャーは首を小さく振った。
「さすがにそこまでは言わない。ディアッカなりイザークなりの家で――」
「嫌だ」
眉をしかめたニールはそれを拒んだ。
ディアッカ=エルスマンとイザーク=ジュールは共にニールの一つ下で三人でユニットを組んでデビューした。
そろって顔立ちがいいし演奏もまあまあで歌も上手かったので、事務所の看板的存在とまではいかなくとも、ここ一年でかなり売れた自覚がある。
だけど。
「ディアッカの家は兄弟が四人も下にいるし、イザークん家は母子家庭だ」
「じゃあ、どうする。僕の家にでも来るかい?」
そう言ってくれたマネージャーの気遣いには感謝したかったが、彼が実家で親と暮していることをニールは知っていたから首を横に振った。
「・・・・・・親父のほうで、ツテはないのか」
「ディランディさんの? うーん・・・調べてくる。とりあえず今日は仕事をしてくれ」
頷いてニールはスタジオに戻った。
すぐに心配そうな顔をしたディアッカが顔を覗き込んでくる。
「おい、ニール。大丈夫か」
「・・・平気だ」
「うそをつくな。何が謹慎だ」
明らかにニール本人より苛立ちをあらわにしているイザークにディアッカは苦々しげな表情を浮かべる。
この度の処分に、ニールはまったく非がない。
非があったのは。
「しかたねーだろ、父親は横領と大物女優との浮気。母親は借金地獄に薬で愛人。世間の評価はどん底だ」
俺とつるんでるとお前らもそうなるぜ、と自嘲の笑みを浮かべたロックオンの首にぐいと腕を回して、ディアッカが不敵に笑った。
「ンなもんが怖くて業界にいるかって。俺たちは俺たちで売ってんだ」
「大体な、そんなことで「はいそうですか」と離れるぐらいならとうに解散している」
「・・・ええ、まったくですねイザーク=ジュール。お前、もうちょっと遠慮とか謙虚とか常識とか学んでくれ」
ディアッカが頬を引きつらせたあたり、何かまたもやらかしたらしい。
今度は何なんだ。
「聞いてくれニール! こいつさっきそこで あの アスラン=ザラと会ったのに恐怖の! 恐怖のスルーをやらかしたんだあああ!!!!!」
「あー・・・」
「失礼なのはあっちのほうだろう!? 俺より年下の癖して!」
「アスラン=ザラかあ」
俳優の父親と女優の母親を持つ、芸能界のサラブレッド。
天才子役の名をほしいままにし、出演作品数は数知れない。
「いーよなあ、ああいう順風満帆なヤツは」
「いつか絶対折れるぜあのタイプは・・・っつーか折れてくれ、イザークがうるさい」
なんだか目的が摩り替わっている気もしないでもなかったが、とりあえずディアッカのぼやきに同意しておいて、ニールはまた何か言い合いを始めた二人に聞こえないようにため息をついた。
マネージャーが一枚の名刺を持ってやってきたのは、スタジオから三人が出てきた時だった。
「あ」
「ニール君! よかった。その・・・いろいろあたってみてね。一人、見つかったんだ」
渡された名刺には、店の名前と女性の名前が。
その下のほうに調った字で本名らしきものが書いてあった。
「これ・・・」
「ええと、君のお父さんの知り合いでね。話をしたら君を雇いたいって」
「雇う?」
「えーっと・・・息子さんがいるんだその人。でも夜は仕事に出ちゃうだろ、だからベビーシッター代わりに預かるって」
良く考えれば、奇妙な話だった。
けれどニールはそれに飛びついた。
友人の家の世話になるのは自分が惨めな気分を味わうだけだったし、あの家に帰るなんて論外だ。
深く考えてはいなかった。
きっと、父親がそこらへんの店で引っ掛けた女性で、何か大きな買い物でもしてもらったことを感謝しているのだろうと。
そう思っていた。
***
ロックオン過去話。
過去だからニール。
違和感があってうっかりロックオンとか打ちます、書きつつも。
ディアッカ/イザークはSEEDが00の6年前の作品だと仮定のもとの年齢です。
ついでにアスランは何の関係もありません\( ̄▽ ̄)/