<Promessa>

 


妙に不機嫌なフェルトに、室内に入ってきたスメラギは首をかしげた。
普段からそれほど感情を人に悟らせない子だけれど、今日は心なしかその箍が外れているようで、それを無表情で取り繕おうとしているのがなんだか子どもっぽい。
実際まだ十代前半で、少女と呼ぶにふさわしい年齢だ。
何かあったのかしらねぇ、とスメラギはフェルトの向かい側の椅子に座って雑誌を読んでいたクリスティナに視線を向ける。
すでにフェルトに構って邪険にされたらしい彼女は、肩を竦め苦笑してみせると手招くようなジェスチャーをした。
フェルトはちらりとその様子を見て、ふいと顔を背けると膝の上に乗せたハロをいじっていた。
ハロはころころと動きながら目を赤く点滅させて、時折フェルト、と機嫌を取るように名前を呼んでいる。

「どうしちゃったのフェルト」
「それがですねー」
くふふ、と可笑しくてたまらないという様子の笑みに笑顔の質を変えて、クリスティナはスメラギに顔を寄せる。
「今刹那とロックオンが地上じゃないですか」
「ええ」
数日前からミッションで二人して地上に降りてもらっている。
ミッションといってもただの買出しで、たまたまその時にその二人の手が空いていたから行ってもらっただけだ。
往復で二日もあれば帰ってこられる、はずだったのだが。
「今日で四日になるでしょう?」
事故で軌道エレベーターの空港が閉鎖になって二日。
軌道エレベーターそのものに損壊はないものの、運航が再開するにはあと二日ほどかかりそうだと昨日連絡があった。
これといったミッションもないのでそれくらいならば問題ない、このついでだから休暇ってことでゆっくりしてらっしゃい、と返した覚えもある。

昨晩の記憶を掘り出した頷くスメラギに、クリスティナは続けた。
「で、明日って何日です?」
「七日よね…四月七日」
そこまで言って、スメラギはあ、と口を開いた。
なるほどそれでフェルトはご機嫌ななめなのね、とついつい笑みが浮かんでしまう。
四月七日は刹那の誕生日だった。





三人で祝う予定だったのだ。
買出しのミッションなど二日もあれば余裕で戻ってこられるから、まさかその予定がずれこんで間に合わなくなるだなんて思ってもいなかった。
ターミナル近くのホテルの一室で、椅子の上で膝を立てて座っている刹那の顔は不機嫌そのものだった。
「刹那、しかたねーだろ?」
「・・・・・・」
ロックオンから奪い取った腕時計の針を睨みつけて刹那は緩く首を振る。
どうしようもないのは分かっているけれど、それでも納得できなかった。
「戻ってからちゃんと祝おう、な?」
「・・・・・・わかってる」
時計の針はもうすぐ四月七日を指す。
本当なら今頃は宇宙にいるはずだったのに。

ピピピ、と通信機から受信の知らせを受けて、刹那は飛びつくように端末を手に取る。
ロックオンはその様子に苦笑しながら開かれた画面を覗き込んだ。
映し出された向こうには、フェルトの顔。
その隣ではぽんぽんと跳ねているハロの姿が見え隠れしている。
『よかった、起きてた』
「フェルト」
『誕生日おめでとう刹那』
『オメデトー、オメデトー』
端末の端に表示された時刻は丁度0時を指していた。
『ちゃんと戻ってきたらお祝い、しようね』
「ちゃんとケーキとご馳走買って買えるなー」
『うん』
ロックオンの言葉に頷いて、フェルトはハロを抱えあげる。
『ハロの分も、ね』
「了解してます」
それじゃあ、と小さく手を振って、画面が暗くなった。
たぶんまだシフトの途中か休憩中だったのだろう。
端末を前にしたまま無言の刹那の頭に手を置いて、ロックオンはわしわしとかき回した。
「よかったなぁ」
「…………」
「誕生日おめでとな、刹那」
無言のまま頷いた刹那の表情は暗い画面にしっかりと映っていたので、ロックオンは笑みを浮かべたまま仕上げとばかりにくしゃりと髪をなで上げた。