<眠り姫を起こす方法>
 



ロックオン、と扉の外から呼びかけても何の返事もなかった。
訪問をあらかじめ伝えていたわけではなかったから、別に気に障りはしなかった 。
別に取り立てて用事はないのだ、気まぐれに訪ねてみようかと、その程度でこの 部屋の前までやってきた。
いないならいないで構いやしないのだが、このまま自室に戻ってしまうのは気が 進まなくて、刹那は試しにドアの開閉ボタンに触れた。
軽い音を立てて開いたドアに、刹那は目を瞬かせる。

トレミーの部屋には大抵鍵がかかっている。
プライベートな部屋には個別の暗証番号が与えられているが、その他の部屋の番 号は一律だから、あまり鍵がかかっているという認識はない。
個室にしても、他からの干渉を嫌うティエリアを除くとほとんどの者は寝る時以 外鍵をかけないらしかった。
ミッションの呼び出しなどを考えるとロックをいちいちかけておくのもばからし いし、部屋から何かを取ってきてもらうよう頼む時にロックをかけていてはそれ もできない、というのが大多数の言だった。
刹那も眠る時とミッションで長期留守にする時以外部屋のロックはかけない。
そしてロックオンはそのあたりの事に更に無頓着なのか、それともただ失念して いただけなのか。
部屋の主は備え付けのベッドの上でだらしなく寝そべって瞼を閉じていた。


部屋の明かりはつけられたままで、腹の上に開いた薄い本が乗せられていた。
どうやら横になって本を読んでいてそのまま・・・ということらしい。
ハロはフェルトに取られているようで室内に姿は見えなかった。
近寄ると、本の載っているあたりが穏やかに上下しているのが分かる。
「・・・寝てるのか」
じぃ、と強い視線で見つめてみても、ロックオンが起きる気配はなかった。

ロックオンが昨日の夜遅くまでスメラギに何やら付き合わされているのは知って いた。
訓練についての論議を交わしていたのか酒盛りをしていたのかについての可能性 は半々だが、今日の午前の訓練の時に何度か欠伸を噛み殺しては、ティエリアに 軽くねめつけられていた。
寝不足なのは傍目から見ても分かっていたから、随分と気持ちよさそうに眠って いる男を用もないのに起こすのはさすがに気が引けた。
別に用事はない、けれどこのまま部屋に戻るのも気が進まない。
刹那は床に膝をつくと、マットに膝をついてあまり衝撃を与えないようにゆっく りと体重をかける。
そのまま少し身を乗り出して、くうくうと眠っている男の顔を眺めている事にし た。

ティエリアを美人と称し、アレルヤを格好いいと言い、刹那を可愛いと不本意な 形容詞で誉める彼とてそれなりの容姿をしているのだとスメラギ達が話している のを聞いた事がある。
その後に、ついでにもう少し渋い感じを出してくれれば文句ないのにねぇ、と付 け足して溜息を吐いていたが。
人間の顔の美醜の基準など刹那には理解できないが、それでも見ていて不快と思 ったことはない。
銃のスコープを覗いている真剣な表情は魅入るものがあるし、自分に向かって笑 っているのを見るのは気分がいい。

大抵人より遅く寝て早く起きるロックオンの寝顔はある意味貴重だった。
そろそろと手を伸ばして、シーツの上に散らばっている髪の毛を少しつまんでみる。
自分のものとは違うふにゃふにゃとした質のそれをしばらくもてあそんでいると、だんだんと眠くなってきた。
くぁ、と小さく欠伸をして、刹那は目元を擦る。
こうまで気持ちよく寝られているとこっちまで眠くなってくる。
「・・・ぁふ」
眠い、と小さく呟いて、もぞもぞと刹那はよじ登るようにしてベッドの上に体全部を乗せ上げた。
僅かにスプリングが軋んだ音を立てたが、体重が軽い刹那な乗ったところでそれほど沈むことはない。
むぅ、と僅かに呻いて身をよじったロックオンに、起こしたかと顔を覗き込むと、熟睡しているのか目覚める様子はなかった。
「・・・・・・」
ぱたぱたと目の前で手を振ってみて、それでも何の反応もない事を確認すると、そっと降りた目蓋の上に唇を落とした。
眠る前に自分達がやられるそれを実際に、普段はやる側であるロックオンにやってみると、思った以上に気分がよかった。
空いたスペースにもぐりこんで、刹那はころんと丸くなる。

ロックオンが目覚めた時、いったいどんな顔をするだろう。
その顔はどうやら見られそうにないけれど、その後に自分をどうやって起こすのかと考えると、上昇した気分は更に良くなった。
少しだけ擦り寄るように空いた隙間を埋めて、温まったスペースを満喫しつつ刹那は微睡みに意識をゆだねた。


 

 



***
起こしてませんねー……。