※アニメ第23話より


<さびしがりやの>
 



ドックに横たえられたデュナメスの前に刹那はいた。
何をするでもなく、ハロを手に、剥き出しにされたコックピットの空席を見つめている。
ハロは時折目を点滅させるものの、静かに刹那の腕に収まっていた。
破損の酷いデュナメスは補修もされずただ放置されている。
他の三機の修繕に追われている状況ではそれは当然のことだったが、それはすでにこの機を操るパイロットがいないという事実でもあった。
「刹那」
「……フェルト=グレイス」
名を呼ぶ声に振り向いて、この場にいないはずの少女の姿に刹那は軽く目を見張った。
こちらへ来ようとしているフェルトの手を取って引き寄せながら尋ねる。
オペレーターである彼女がこの場所に来たことは今まで一度もなかった。
来る理由も必要もない。
けれどなぜ、とそこまで思って、すんなりと回答は導き出された。

――会いにきたのか、ここに。





「手紙書いたの、ロックオンに」
手紙、と刹那はフェルトの手に握られている薄い色の封筒に視線をやる。
フェルトは軽く下を蹴ってコックピットの中に入ると、座椅子の上にそれを置いた。
全ての機能を停止したデュナメスは、中に誰が入ろうとも警報を鳴らすことはない。
そこに座るべき人物はここにはいない。
どこか名残惜しそうに封筒から手を離したフェルトの声が刹那の耳に入った。
「刹那は手紙を送りたい人はいる?」
「……いないな」
フェルトの問いに刹那はしばらく考えて否と返した。
彼女の言う「手紙」は誰かに紐解いてもらうものではないのだろう。
ならば刹那に手紙を送る相手はいない。
あるいはこの手にかけ、あるいはかける言葉もなく、あるいはフェルトがすでに全て書いてくれているだろうから。
「そう……寂しいね」
「寂しいのは、あいつだ」
え、とフェルトが振り返る。

ロックオン=ストラトスは刹那やフェルトよりもずっとずっと寂しがり屋だったのだ。
だから誰よりも温かかった。
何かがあれば、何もなくともあれこれと話かけては世話を焼くことを鬱陶しいと幾度となく思ったが、疎ましいと思ったことは一度もなかった。
あれは今一人で何をしているだろうか。
まさか子どものように寂しいなんて言って泣いてはいないだろうが。

刹那は手に持っていたオレンジ色の球体を持ち上げて、細長い「目」を正面から見据えた。
二年前に初めて会った時にはすでに傍らにはこのAIがいた。
刹那も、刹那より少し遅れて会ったフェルトよりも長い間を共にすごし、「相棒」の称号をもらったAI。
「だからハロ、傍にいてやってくれ、ロックオンストラトスのそばに」
刹那もフェルトも、まだやるべきことがある。
だからずっと傍にはいられない。
決して二人を寂しがらせなかった男に報いることはできないけれど、その代わりに一緒にいてやってくれないか。
刹那もフェルトも寂しいけれど、だけどまだ一人じゃない。
もらったたくさんのものを二人で分けて、もう少しだけ頑張ってみるから。

刹那の言葉に、ハロは頷くように目を赤く点滅させる。
「ロックオン、ロックオン」
刹那の手を離れて、ハロはくるくるとデュナメスへと飛んでいく。
フェルトがそれを受け取って、ハロに小さく微笑んだ。
「いてあげて、ハロ」
「リョウカイ、リョウカイ」
「ありがとう」
手紙の横に納まって、ハロはぱたぱたと耳を動かす。
その時襲撃を告げる緊急警報がドック内にけたたましく鳴り響いた。
刹那とフェルトは視線を合わせて力強く頷く。
「いくぞフェルト」
「はい」
二人はコックピットから離れる。


その背を軽く押されたような気がして、二人は後ろを振り向いた。
そこにあるのはぽっかり開いた空間と、その中でくるくると回っているハロの姿だけだ。
「イッテラッシャイ、イッテラッシャイ」
「・・・行ってくる」
「いってきます」
ハロの声に返して、二人は手を小さく挙げた。


 

 



***
原作ベースは身と心にとても痛い。