<眠り姫を起こす理由>
部屋に入ってから、ロックをかけた。
それはティエリアにとっては当然の行為である。
アレルヤと二人でいるときに、誰かに邪魔されるなんて不愉快以外の何者でもない。
一度ロックオンに入ってこられた日には、殺してやろうかと思った。
だからロックをする。
それは当然のことなのだ。
「アレルヤ」
ロックをしてもアレルヤの声が聞こえないから、不思議に思って中に入ると、珍しく寝ていた。
この時間に寝る予定はなかったはずだが、寝不足だったのだろうか。
そこまで考えて、そういえば昨晩破れた服の修繕を押し付けたことを思い出した。
机の上に視線を移すと、そこにはきちんと畳まれたティエリアの服がおいてある。
とりあげてみなくとも、それがしっかりと直されていることは確信できた。
それにしても、ティエリアがせっかくきているのに眠っているとはどういうことか。
勝手に憤慨しながらそういえばと思い出した。
本来ならばこの時間はヴェーダのデーターで解析を行う予定だったのだ。
しかし先日の訓練からでは十分ではないとヴェーダーが進言したので、解析は明日に回して早々に引き上げてきたのだった。
「アレル・・・」
ティエリアは予定していたより三時間ばかり早くアレルヤの部屋を訪れた。
縫い物をしていたアレルヤは、きっと本来の就寝時間を大幅に超えてから寝たのだろう。
だからゆすり起こそうとして、それは多分賢明ではないのだと思えた。
きっと寝不足のアレルヤは疲れてしまう。
もっとも、ティエリアはアレルヤを起こしたかった。
三時間予定を前倒しにするつもりにしていたからだ。
すでにシフトは動かしてしまったし予約票に記入もしてしまい・・・つまり今アレルヤを起こさなければ、予定していた時間だけ恋人と過ごせないことになる。
それは嫌だ。
だが、寝ているアレルヤを起こすのはまずいと思う。
そう思い当たって、自分ではなく相手を中心に考えられたことに少し気分が浮上した。
それはアレルヤが得意としていることでティエリアは苦手だったけれど、学ぼうと一応努力はしていることだったのだ。
たとえば自分ならどうだろう? と考えてティエリアは思案にふける。
自分なら、寝不足のところを起こされればいくらアレルヤでも不機嫌絶頂になるのは間違いない。
大体眠りを邪魔されるのははなはだ不愉快なもので、さらにそれが足りていないとなればなおさらだ。
だが、そういえばここしばらく多少寝不足でも不愉快な目覚めはなかった。
なんだったか、と首をひねってようやく思い出す。
そういえばいつもアレルヤが起こしに来ていてくれたじゃないか。
ならば自分もそうすればいいのだ。
寝起きの悪いティエリアがあれだけ気持ちよく起きられるのだから、日ごろ寝起きのいいアレルヤなら問題なく起きるだろう。
勝手に自分を中心に物事を解釈し、ティエリアは眠るアレルヤに近づく。
名前を呼んでみたが起きないので、いつも彼がしてくれるようにそっと顔に触れてみたが、それでも起きる様子はない。
「・・・アレルヤ」
少しむっとして肩を掴む。
こんなにがんばっているのに起きないとはどういう了見だ、とすでにティエリアは自分本位な考え方になっている。
「アレルヤ」
自分が名前を呼んでもおきない相手に腹をたて、ティエリアはアレルヤの体の上に馬乗りになった。
見下ろすと、前髪が流れて両目があらわになった浅黒い色の顔が見える。
ティエリアの髪はさらりとしてさわり心地もなにもないが、アレルヤの髪はある程度しっかりしていて気持ちがいい。
指に残るわずかな頭皮の臭いも嫌いじゃない。
「アレルヤ」
髪に指を絡めたまま、ティエリアはもう片方の手で眼鏡を外すとベッドサイドテーブルの上にぽいと置いた。
ついこの間読んだ本の内容を思い出した。
厳密に言えば、それはアレルヤが読んでいたのであってティエリアは興味を示さなかったものなのだけど。
「起きろ」
確か、百年の眠りの呪いをかけられた姫が。
ちゅっと唇に吸い付く。
唇をこじ開けてわずかに開いている歯の間に無理やり舌を押し込んで、もっと奥を探って。
「ん・・・」
鼻から抜ける声を出して、身じろいだ反応に機嫌をよくして、ティエリアはさらに舌戯を続けた。
「・・・ふ・・・ん・・・っ!?」
気がついたアレルヤがカッと目を開いて顔を真っ赤にして、次いでわたわたとする様子が楽しくて。
「起きたか」
「てぃ、ティエリア、そ、そのこれ、は」
「呪いが解けたな」
「のろい・・・?」
さっぱりわからない、という顔をしたアレルヤに小さく笑って、ティエリアはつうと指をアレルヤの胸に走らせる。
「てぃっ、ティエリア」
「休息があと、四時間しかないんだ」
「え? あ、あれ? 解析してたんじゃ」
説明が面倒になってティエリアはアレルヤの唇をふさぐ。
体をぴったり密着させると、お互いの温度がわかって心地いい。
カーディガンを脱いでおいたほうが良かっただろうかと思いながら、まだ困惑しているアレルヤの髪に指を滑らせる。
「何度も言わせるな、あと四時間だ」
「う、うん?」
それでもわからないらしいアレルヤに、ティエリアは遠まわしなことを言うのをやめた。
実はアレルヤは寝起きでびっくりさせられて、まだ認識能力が追いついていないのだが、そんなことはティエリアにわかるはずもない。
「性欲を発散させろ」
「ブッ、げ、げほっ、が、ほっ」
思い切り噴出してからむせだしたアレルヤを不思議なものを見る目で見下ろしてティエリアは首をかしげる。
「どうした」
「・・・ティエリア。あのね・・・ううん、いいや」
何かを言おうとして、アレルヤは困ったような泣きそうな複雑な表情を浮かべて結局口を閉じてしまった。
言うのをやめたということはたいしたことではなかったのだろう、と結論付けてティエリアは馬乗りになったままの状態で嫣然と微笑んだ。
「はじめるぞ」
「うん。起きてなくてごめんね」
ふわりと笑ったアレルヤが、実は二時間前に眠ったばかりでたたき起こされたのに等しいとか。
夜なべの作業のせいで疲労困憊でとてもそんな気分じゃないとか。
ティエリアの問題発言でようやくまともに目が覚めたとか。
そんなことは一切関知せず、ただティエリアは、こうやって起こせば妙な時間に起こしても寝不足でもアレルヤ不快な思いはしないのだと微妙にずれた認識を抱いた。
***
でもまあ、こうやって起こしてもらえればアレルヤは怒らないと思う。
というか誰がどうたたき起こしてもアレルヤは怒らないと思う。
・・・出来た男よ、アレルヤ=ハプティズム