怒らせて、しまった。
きっと辛かったのに。
きっと限界だったのに。
「どうしよう・・・どうしよう」
小さな声でつぶやいて、蹲ったフェルトに刹那は何も言えなかった。
だから隣に腰をおろして、膝を抱え込んだ。
アレルヤは話を聞いて、さっと顔色を変えて走って行ったけれど。
許してもらえないかもしれない。
もうそばに行くことを許してもらえないかもしれない。
「・・・どう、しよう」
そのことを考えたら、目に涙がにじんだ。
<Vanished Pain 4>
アレルヤに泣き叫ぶような声で命令されて、部屋を飛び出した。
――すぐ行ってください、すぐに!
あなたがどう考えようとあなたは彼らにとって「ロックオン=ストラトス」なんです!
・・・勝手だ。
記憶をなくしたロックオンはロックオンであってロックオンではない。
だから拒絶される。
自身ですら拒絶した。
子供の相手はきらいだと思う自分を押さえつけて。
人に笑顔で対応するのは面倒だと思う自分を押さえつけて。
偽って偽って、それでこのザマだ。
「・・・っ」
廊下で蹲る影があった。
こちらに気がついても逃げられない速度で近づいた。
案の定、先に刹那が顔を上げたが表情をこわばらせたままで動けなかった。
「刹那」
「・・・」
「フェルト」
「・・・」
名前を呼ぶとゆっくりと顔を上げる。
だがその表情は怯えに近かった。
「さっきは」
言いかけたロックオンは思わず言葉を呑んだ。
縋るような目だった。
二人が何に怯えて、何を求めているのかよくわかる顔だった。
だから言おうとしていた言葉を忘れた。
(・・・ああ、なるほど)
内心溜息をついた。
だからロックオンはいつも優しくて。
二人に気を砕いて、何かと世話をして。
何かにかこつけて頭を撫でて、可愛がっていたのだろう。
こんな顔は、見たくない。
自分だってごめんだ。
代わりにロックオンは、膝をついた。
それにもびくりと怯えた二人になるべく柔らかく微笑んで、指先が震えるほどゆっくりと手を伸ばした。
「・・・ごめんな」
予想外の謝罪の言葉だったのか、目をぱちくりさせた二人の方に腕を回して、抱き寄せる。
同時に抱きしめられた二人は、本当にそっくりの反応をした。
肩を細かく震わせて。
次に強く抱きついた。
「ロック、オンッ」
「ごめんなさい・・・ごめんなさい」
「いーんだよ、俺が悪かった。体調が悪くて、苛々しててもお前たちにあたっちゃいけないなあ」
よしよし、と頭を撫でられて。
刹那とフェルトは声をくぐもらす。
「もう大丈夫だからな。安心しろ」
「本当に平気か」
「平気だよ。だから刹那も泣くな」
「泣いてない」
バッと顔を背けて頬を染めた刹那に微笑んで、ロックオンはフェルトの柔らかい髪を梳く。
「ほーらフェルトも。笑ったほうが美人だぞ」
「・・・うん」
何とかぎこちないながらも微笑んだフェルトに笑って、ロックオンはわしわしと刹那の髪をかき回す。
そうだ、ここ数日こんな風に彼らに触れたことなんてなかった。
頭を撫でるのもあくまで挨拶の延長のつもりで、それが宥めているとか褒めているとか。
親愛の情を交えているとか、思ってもいなかった。
「あ・・・ロックオン、具合悪いよね」
「寝てろ」
体を離して自分を思いやってくれた二人に、ロックオンは笑う。
「大丈夫だ、二人の顔見てたら調子よくなった」
「ほんと?」
「でも」
大丈夫だよ、ともう一度きっぱり言い切ってぎゅっと小さな二人を抱きしめた。
すれ違いざまに、声をかけられてティエリアは振り向いた。
「おお、珍しいなお前が振り返るとは」
「・・・何か御用ですか」
「いや、別に。挨拶」
「・・・・・・」
目を細めたティエリアは、ふんと鼻を鳴らした。
「記憶が戻ったようですね」
「おしゃべりさんめ」
情報の出所は100%アレルヤだろう。
苦笑したロックオンにティエリアはそれ以上何も言わずすうっと廊下を渡っていく。
記憶は唐突に戻った。
ただあの二人を泣かせたくなくて、苦しませてしまったことが辛くて。
何とか笑顔になってほしくて、安心させたくて。
抱きしめて柔らかく笑って。
それが自然に出来た。
そう思った時に、唐突に戻ったのだ。
特に何かあったわけではなく、ただそれまで壁だと思っていたのが実はガラスだとわかったようなものだった。
向こうが見えた。
記憶が見えた。
それだけだ。
「ロックオン」
「よ、おはような、刹那」
「朝は」
「まだだ。一緒に食いに行くか」
「行く」
「アサゴハン ゴハン!」
足元で跳ねたハロに笑う。
「お前にはないぞ〜?」
「ナイ ナイ!?」
ショックなことを表現するためか、ぽーんと大きく跳んでロックオンから離れたハロは、その位置でごろごろと数度左右に転がって。
「こらこら、ボディに傷がつくぞ」
「ショック ショック」
「はいはい、部屋に戻ったら充電してやるからな」
「ゴハン ゴハン」
また跳ねだしたハロを抱えて、ロックオンは廊下のハンドルを持つと進みだす。
その服の裾をぎゅっと握ってついてきた刹那の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「どうした」
「・・・」
彼は無言だったけど、その穏やかな顔を見れば喜んでいることがわかった。
・・・そういえば記憶のなかった三日間は、こうやって服の裾をつかんでくることはなかった。
気がついていたとは思えないが、何かが違うことは察していたのかもしれない。
「刹那、ごめんな」
小さな声で謝った。
そして、ありがとう。
***
しまった、言いたいことが半分も言えていない。
箱の中の写真を眺めた。
そしてゆっくり、ふたを閉じた。
"Don't forget Neil Duranty"
それを書いた日を忘れない。
写真の人を、忘れない。
だけど。
「・・・だけど、俺は・・・こっちも気に入ってるんだよな」
へらへら笑って、年下の聞かん坊の世話に追われて。
フォローばかりで、機嫌を取って。
でも、それがなんら苦痛に思わなくなったのはいつからか。
賑やかなのが好きになった。
うるさい位でちょうどいい。
それは少しだけ少しずつ、背負った傷を癒す時。
いつか静かな時に飲まれるのがわかっているからかもしれない。
だからせめて、毎日だけは楽しく、賑やかに。
後から思い出して、あの瞬間が一番輝いていたと思える日々を。
――戦争に子供らしさを奪われた子供たちが送ってくれたら。
それが自分の幸せだ。
偽りの名。
「俺は――ロックオン=ストラトス・・・なんだよな」
その名を、今日も名乗る。