ふわりと浮いた相手の腕を掴んだ。
「な、なに?」
「何を隠している」
「え」
「・・・ロックオン=ストラトスのことだ。何を隠している」
「・・・なに、も」

隠していないよ、といいかけてアレルヤは顔を曇らせる。
こんな嘘なんてティエリアには簡単に看破されてしまうだろう。
けれどロックオンが懸命に記憶を失ったことを隠したがっているようだったから、それをアレルヤが言ってしまっていいのか迷った。
「アレルヤ」
「すこし・・・体調がよくないと」
きゅっとティエリアの目が細まった。
おそらくそれが嘘だとわかったのだろう。
けれどそれ以上問いただしてくることはなかった。

「そうか」
「・・・ごめん・・・」
つぶやいたアレルヤの言葉を、ティエリアは聞かない振りをした。






<Vanished Pain 3>





三日だ。
訓練にも慣れた。
何かと寄ってくる刹那とフェルトにも慣れた。
あいまいにしか見えない穏やかな笑みをうかべるアレルヤにも、冷徹を極めているティエリアにも慣れた。
傍若無人なスメラギにも、気さくなクルーにも慣れた。

慣れた。
だけど。

「・・・ぐっ・・・」
ひっくり返った胃の中身を一度口元で止めてから飛び散らないように器用に吐き出した。
それは速やかに排泄処理機へと送られ、水とその他に分解されて水はリサイクル、その他はごみとしてストックされる。
まったくよく出来た処理システムが今は本当にありがたい。
(ったく・・・どーなってんだよ、この体は)
訓練のハードさに悲鳴を上げたわけではない、ロックオンの体は無論慣れていた。
かといって特に何かメニューを追加したわけではないし、一応食あたりの線を考えてみたがその場合クルー全員でアウトだ。

だいたい、下からならともかく上から吐くのは精神的なものだろう。
(十代の小娘か俺は)
悪態をつきながら、トイレを出る。
トレーニング室で汗でも流そうか、そうすれば少しはこの気分も晴れるかもしれない。
そう思いながらそちらへ向かう廊下に出ると、通せんぼをする格好でティエリアがいた。

「よぉ」
軽く手を上げて挨拶をしても、聞こえていませんと言いたげの無視っぷりだ。
アレルヤなら廊下の向こう側にいても寄っていくくせに何だこの扱いの差は。
こんなにわかりやすいツンデレも稀だろうと思いつつ、横を通り過ぎようとしてはっしと服のすそをつかまれた。
「ロックオン=ストラトス」
「何だ」
「ハロはどうしました」
「フェルトのところにいるが」
訓練中はともかく、プライベートでもあの小うるさい機械に付き合っていられなかったので、フェルトに預けてある。
「それが何だって言うんだ?」
「あなたはロックオンじゃない」
「・・・・・・・・・はあ?」
「やはりロックオン=ストラトスではない。なるほど」

一人ごちてティエリアが手を離す。
とりあえず意味不明なことを言われて、さらにそれが図星を微妙についていたものだから。
ロックオンは慌てて彼の離れた手を引きとめる。
「おい」
「・・・なんですか」
「どういう意味だ」
「あなたはロックオンではない。それだけです」
「何だってお前にそんなこと言われなきゃ」

「ロックオンなら、今の俺の言葉に笑って冗談で返していたし、そんな無表情で掴みかかってはきません」


冷たい赤い目に言われて、慌てて彼の腕を掴んでいた手を離した。
だがもう、取り繕う笑みを浮かべても無駄だとわかった。
「わ、悪かったよ・・・疲れててな」
「あなたの模倣は完璧だ。けれどロックオンではない」
「・・・っ、お前な、言っていいことと悪いことがあるだろうがっ」

白々しい演技だった。
だけど怒った、ロックオンとして。

けれどその言葉は、空しく滑るだけだった。
これは、「ロックオン=ストラトス」の言葉でなかった。


背を向けて去っていったティエリアを見送りながら、手で必死に体を支えた。
崩れ落ちそうになるのを何とか止めつつ、それでも体はずるずると滑る。
壁に体重を預けて、一息つこうとしたロックオンは体を折り曲げて口を押さえたが遅かった。










無表情で無言だが、ずっとそこから動かない二名にロックオンは繰り返す。
「いいから、戻れ」
「・・・」
「シンパイ シンパイ」
「ハロ、黙れ」

よりによって、刹那の前で吐いた。
目を瞬かせた彼は無言でどこかへ行き、フェルトを伴って戻ってきた。
たいしたことはないと繰り返したものの、無言で責める二人に耐え切れなくなってベッドの中へもぐりこんだ。
そして今二人が、並んで座ってこちらを見ている。
ええい、早くいなくなれっての。

「俺は大丈夫だから」
「ダイジョブクナイ ダイジョブクナイ」
「いいから、ハロつれて出てろ」
「・・・ロックオン」
それまで無言だった刹那が口を開く。
「本調子じゃないなら寝ていろ」
「大丈夫だって言ってるだろ」
「顔色悪い・・・疲れてる」
「だから大丈夫だって!」
本当はたぶん。
そんなに大丈夫じゃ、ない。

だがそう言ったらこのガキ共は居座るとか言い出すだろうし、そうなったら二重に厄介だ。
「刹那、フェルト。自分の仕事をしっかりやれ」
「今非番」
「俺は訓練がなければ仕事はない」
「・・・」
ええいもう。
頭を抱えたくなってロックオンは舌打ちをした。

それはとても小さいものだったけれど。
そばに居た刹那とフェルトには聞こえて。



びくり、と。
二人は肩を震わせた。

「・・・? どうした、ふたりと・・・も」
ばたばたと立ち上がって、二人は我先にと部屋を出て行く。
ラッキーと思う反面、去り際に二人が見せた表情が頭を離れなかった。
「ヒドイ ヒドイ」
「あーもうっ、お前は黙ってろ!」
「キズツケタ キズツケタ」
「わーってるわ!!」

何であんな顔をするんだ。
どこから誰がどう見たって傷ついた子供じゃないか、傷つけたのは俺かよ!?
これまで気を遣ってた一切合財がパァだ!
大体なんでこっちがこんな限界の時に、ガキとは言えど相手の心情にまで気をくばらねばいかんのだ。

起きあがって枕をいまだぴょんぴょん跳ねるハロに投げつけて、ロックオンはやり場のない苛立ちをマットレスにぶつけた。
びよんびよんと衝撃を緩和したマットレス相手では、発散されるべきものがまったく発散されない。
かといって壁を殴りつけるのはまずいだろうし。
・・・こういう時に訓練に行けばいいんだ。
そう一人ごちて立ち上がろうとすると、がいんと胸にハロが激突してきた。
「あにすんだこのロボット!」
「アンセイ アンセイ」
「・・・いいから、どけ」
胸の上から動かないそれを押し返そうとすると、外から声が聞こえた。

「ロックオン」
「アレルヤ アレルヤ」
外から聞こえた声にハロが反応し、なんと勝手にドアを開けやがった。
・・・恐るべし小型ロボット。
「何をしたんですかロックオン」
険しい顔で入ってきたアレルヤは、床に落ちている枕を見てロックオンの顔を見て、それからハロを見た。
「・・・何をしたんですか」
「何もしてない」
「何もしてないなら、刹那とフェルトが僕に泣きついてきませんよ」
「はあ?」

わけがわからんと眉をひそめたロックオンに枕を拾ってわたし、アレルヤは普段より厳しい口調で話す。
「ロックオンを怒らせてしまった、困らせてしまった、どうしようどうしようって二人が言うんです。何をしたんですかあなたは」

何をしたんですか、ともう一度繰り返してアレルヤは拳を握って。
そして、辛そうにつぶやいた。


「フェルトは泣いていたんですよ・・・あなたは何をしたんですか」



軽く頭を殴られた気がした。


 

 


 


***
ロックオンスイッチオン。
するか しないか。
それは私の気分しだい。