※アニメ第22話より
<とくべつ>
キーの上を滑る手が止まる。
何度目になるか分からない音の断裂に、クリスティナは小さく笑って椅子から腰を離して身体を反転させた。
背中をクリスティナに向けてコンソールに向かっている小さな頭が、時折わずかに部屋の扉の方へ向けられる。
仕方ないなぁ、とクリスティナは溜息を吐いて、フェルトの肩をつついた。
「フェールト」
「・・・・・・何?」
はっとしたようにクリスティナを仰ぎ見たフェルトにクリスティナはますます笑みを濃くする。
仮にも待機中で、仕事に関しては常に集中して取り組むフェルトがこれだけ上の空なのはとても珍しくて、その原因は分かっているから同時にとても微笑ましくもあった。
「いいよ、少し席外したって」
「でも」
「ラッセも戻ってきたし、しばらくは待機でしょ?」
どっちみち仕事になんないんだから、と微笑まれて、フェルトは俯く。
フェルトが心配しているのはロックオンのことだ。
壊れて真っ暗になったモニタの向こうから、ハロの機械的な信号だけが届いていて、クリスティナも背筋が凍る思いがした。
すでにコックピットにいたロックオンは引き上げられて、医務室で治療を受けている。
その経過はスメラギからクルー全員に伝達されていて、どうやら利き目を損傷したようだけれど、その他の負傷はそれほどでもないようだった。
本人はカプセルに入ることを拒んでそれどころか動き回るもんだから困ったものねとスメラギは苦笑交じりにしていたが。
クリスティナはそれを聞いてよかったと安心したけれど、フェルトはやっぱり姿を見ない限り安心できないんだと思う。
「・・・クリスティナ」
「ん?」
名前を呼ばれてクリスティナは首を傾ける。
少し気まずそうに、けれどはっきりとフェルトは言った。
「ラッセが戻ってきたら、少し、出てってもいい?」
「りょーかい」
本当は今すぐにだって行きたいだろうに、本当に真面目なんだから。
くすりと笑ってクリスティナはフェルトの肩をさりげなく一度叩いた。
ラッセが戻ってきたところで、ほぼ入れ違いのようにフェルトは操舵室を出た。
医務室に行くとモレノが「できたら安静にしていてほしいのに」と文句を言い、すでに医務室から出て行ったと教えてくれる。
自室に戻ったか、デュナメスの様子を見にデッキに行ったか。
たぶん後者だろうとあたりをつけて、フェルトはデッキの方向へと体の向きを変える。
「・・・ロックオン」
交差している通路を横切っていった姿を見つけて、自分の予想が当たっていたとフェルトはその後を追う。
思ったより元気そうな姿にほっとした。
声をかけようと曲がり角にきたところで、壁に手をかけてフェルトは止まっる。
隠れるように壁に体を押し付けた。
自分でもどうしてそんなことをしたかは分からないけれど、声をかけるのは躊躇われた。
通路の先はドックが見える個室のひとつだ。
そこにはすでに先客がいて、ロックオンはどうやらその人を探していたようだった。
「いつまでそうしているつもりだ」
無言のままのティエリアに、ロックオンは肩をすくめて言葉を続ける。
「らしくねーな、いつものように不遜なかんじでいろよ」
ロックオンはそのままティエリアの隣にまで移動して、二人で並んでドックを見ていた。
ぽつぽつと漏れ聞こえる会話から、ティエリアがヴェーダとの直接リンクを行っていたこととか色々な事が聞こえてきた。
疑問も沢山あったけれど、聞いてはいけないことでもあるような気がして、けれど立ち去ることもできずにフェルトは影から二人を見ていた。
常になく落ち込んでいると分かるティエリアに、ロックオンは諭すように言葉をつなぐ。
その優しい声音に、フェルトは二人を見るのをやめた。
「やさしいんだ・・・誰にでも」
通り過ぎるロックオンを呼び止められず、壁に隠れたままフェルトは小さく呟く。
ロックオンは優しい。
それはずっと前から知っていたことで、皆に優しいとも分かってた。
ティエリアに見せた表情も、声も、自分達だけのものじゃない。
ロックオンが優しかったのは、ただ自分達が一番小さかったからなのだろうか。
本当に特別なのはティエリア?
もやもやとしたものがどんどん湧き出してきて、フェルトは唇を噛んだ。
「フェルト」
「・・・・・・・刹那」
「どうした」
ドックから上がってきたらしい刹那はパイロットスーツのままだった。
辛そうな顔をして立っているフェルトを見つけると、速度を上げて近づいてくる。
きゅっと眉間を寄せて尋ねた刹那に、フェルトはなんでもないと返したけれど、刹那はフェルトの不自然さに気づいてますます表情を厳しくした。
「・・・刹那は、いいな」
刹那はガンダムに乗ってロックオンの隣で戦える。
いつまでも子どもじゃないと突っぱねているけれど、普段はロックオンやフェルトと一緒にいる時は刹那も自分と同じくらいの年なんだと感じる。
だけどミッションが始まってしまうと、二人がどんどん遠くなる。
フェルトはただトレミーでオペレートをするだけで、どれだけロックオンや刹那が苦境にいても、どれだけ怪我をしても、何もしてあげられない。
「フェルト?」
「いいな・・・私、何もできてない」
「そんなことない」
俯いたフェルトの言葉に、刹那は強い口調で否定した。
どうしたらいいのかとあげかけた腕を少し彷徨わせて、おずおずとフェルトの頭に乗せる。
「ガンダムの新システムを作ったのはクリスティナとフェルトだろう、あれがなかったら俺達はここに戻ってこれていない」
だから俺が無事なのも、ロックオンがあの程度で済んだもの、フェルトのおかげだ。
不恰好に頭を撫でられて、フェルトは目を瞬かせる。
顔を上げると困ったような顔をしていて、慣れないながらに励まそうとしているのだと分かって思わず笑みが浮かんだ。
「フェールトー・・・って刹那もいるんじゃん」
何してんだ二人で、と二人がいる通路に姿をみせたロックオンが、フェルトと、その頭に手を乗せている刹那にきょとんとした顔をする。
「ロックオン」
「別に何も」
ぱっと手を離す刹那が面白くてフェルトがくすくすと笑うと、刹那は憮然とした表情で腕を組んだ。
「デッキにいったら俺を探しにいったってクリスティナに言われてさ。心配かけてごめんな」
そう言ったロックオンの右目は黒い眼帯に覆われているが、それ以外は大丈夫そうだった。
大丈夫そうな振りをしているだけなのかもしれないけれど、フェルトはそういうことを見抜くのはうまくない。
「・・・痛い?」
「いや、薬ももらったし平気」
「ちゃんと休んでね」
「あー・・・・・」
言葉を濁すロックオンに、フェルトは眉尻を僅かにあげる。
困ったように視線を彷徨わせたロックオンに対して、刹那が更に追い討ちをかけた。
「デュナメスは当分出せないんだ、ふらふらしている方が邪魔だ」
「刹那ぁ・・・それはないんじゃねーの・・・?」
「何かあればまた召集がかかるだろう、それまでは休め」
「怪我人はおとなしくするの」
子ども二人に睨まれて、大人は降参したように両手を顔の横にあげて苦笑した。
***
怪我人はおとなしくしていてください……。