※アニメ第21話より
<アラム>
意識がどこか暗いとこからゆっくりと浮上する。
すぐ近くで誰かが身じろいだのが気配で分かって、ロックオンは小さく声を
漏らした。
身体は指一本も自分の意思では動かせないのではと思うほど重く、頭の中も
霞がかかっているように重くはっきりとしない。
それでも無理矢理こじ開けるようにして重い目蓋を持ち上げると、白っぽい
ものがぼんやりと視界に広がった。
数度ゆっくりと瞬きを繰り返して、少しずつ視界がはっきりとしてくると、
あまり見慣れないようにしている医務室のベッドの天井だと気づいた。
「目が、覚めたのか」
「・・・・・・・刹那か」
側にある気配は刹那のものだったようで、彼は医務室の隅に置かれている椅
子をベッドの側にまで引っ張ってきて、そこに座っていた。
首を動かそうと思っても固定されているのかほとんど動かず、ロックオンは
視線だけをできる限り横へとやった。
刹那は青のパイロットスーツを着たままで、ロックオンの視線に気づくと腰
を浮かして見やすいようにしてくれた。
正直横目は結構きついので、助かる。
体は麻痺したように動かないが、おそらく負傷して、鎮痛剤を投与されてい
るのだろうと想像はついた。
あの時目の前に赤く燃える剣を見て、焼けるような熱さに意識が飛んだ。
途切れそして気づけばベッドの上でほとんど動けない状態で寝かされていた
。
起き抜けに痛みにのた打ち回るよりかはいいが、負傷の程度が分からないのは少し考えものかもしれない。
それはあとで医師に聞けばいい、とロックオンは刹那にもうひとつ気がかり
な事を尋ねた。
刹那は見る限りこれといった怪我はしていないようだけれど、他の二人と相
棒の姿が見えない。
自分の意識が途切れる前は、アレルヤは集中砲火の中にいて、ティエリアは
機体が起動できずに攻撃を受けるがままだった。
ハロはあの熱の中で壊れたりなどしなかったろうか。
「刹那、あいつらは」
聞くと、刹那は何かを言いかけ、それから押し殺した声音で言った。
「・・・量産型は一度退いた。ティエリアもアレルヤも無事だ。ハロは少し
損傷したからイアンが見ている・・・直らないわけじゃ、ない」
「そうか、そりゃよかった」
「よくない」
よくなんかない。
ロックオンの顔に手を当てて、刹那は顔を歪ませる。
ぐっと唇を噛んで深い呼吸を繰り返すのは泣きたい衝動を堪えているのだと
知っているロックオンは、安心させてやろうと癖の強いその髪をなでてやろ
うと右手を伸ばそうとした。
薬の効果で動かせないと気づいてただ身をよじるくらいにしかならなかった
けれど。
そこで刹那が当てている手が視界に映っていないことに気づく。
ようやく普段と視界が異なることに気づいて、ロックオンは右目を開けてい
るつもりで左目だけを意識的に瞑ってみた。
黒く塗りつぶされる視界に、自分の顔の右半分を包帯が覆っているのだと知
った。
目を開けてロックオンは息を吐く。
ロックオンがデュナメスに乗っているのは、乗ることを許されていたのは、
その狙撃能力を買われてのことだ。
それがなければガンダムマイスターの資格など簡単に剥奪される。
まだ、なにもしていない。
けれどもうそれすら叶わなくなるのだろうか。
「ロックオン」
「ん?」
顔を歪めたままの刹那に呼びかけられて、ロックオンは意識を刹那の方に戻
した。
「どこか、痛むのか」
「いや、鎮痛剤が効いてるみたいだな」
情けない格好してるんだろうな俺、と軽口を叩いて見せると、刹那の表情が
少し変わった。
泣きそうなのは相変わらずだが、これは・・・・・・怒っている?
「どうして、あんな行動にでた」
「・・・あんな、って?」
「どうしてティエリアを庇った」
刹那の問いに、ロックオンはしばしの空白の後に素直に答えた。
「・・・・・・反射?」
量産型ガンダムの内一機がヴァーチェへ攻撃を仕掛けた時、ロックオンが間
に割り込んだのは反射的なものだった。
完全に無防備になっているヴァーチェよりも少しでも防御体勢を取れるデュ
ナメスの方がダメージが少ないのではないか、というのは一撃を受けてから
考え付いたことだ。
それでも遠距離支援を主にしているデュナメスの装甲がどこまで攻撃に耐え
られるのか、冷静に分析するならばこんな愚行は犯さない。
けれどもしその数値を弾き出したとしてもロックオンは同じ行動を取ってい
ただろう。
それが自分だと、ロックオンは自覚している。
「なんで!」
どん、と軽く胸を突かれた。
痛みはないが、軽い衝撃が伝わってくる。
見開かれた赤い瞳が泣く直前のようにゆらゆらと揺れる。
泣くまいと必死で堪えている姿が痛々しくて、ロックオンは眼を細めた。
本当なら抱きしめて思い切り泣かせてやりたい。
刹那にこんな顔をさせているのは自分だというのに。
「・・・どうしてもっと、自分を大事にしない」
ティエリアは自分の代わりにロックオンが負傷したと罪悪感に苛まれて。
アレルヤは自分がもっとうまく立ち回れていればと悔やんでいる。
誰もがロックオンの安否を気遣っているのに、当の本人はそんなことおかま
いなしで、自分よりも人の心配ばかりする。
「あんたがいなくなったら・・・」
そこから先を言葉にできなくて、刹那は項垂れた。
想像しなければならなかった「喪失」という未来を、刹那はきっと今まで考
えたこともなかったのだ。
想像しなくてもいいように今までずっと守ってきた、そうあれるようにして
きた。
けれど今、想像し得なかった未来のひとつを目の前に突きつけられた子ども
はただ俯いて震えている。
「刹那」
名前を呼ぶと、刹那はロックオンと視線を合わせる。
「俺今動けないからさ、俺の上に頭のっけて」
そしたら左手使えるんだ、と飄々と言うロックオンに、刹那はそれでも言わ
れるがままにロックオンの胸の部分に首を傾けた。
意識を集中させてなんとか左腕を上げて、刹那の頭をゆっくりと撫でる。
一瞬強張った体から少しずつ力が抜けていくのが分かった。
「悪かった、心配かけて」
「・・・」
「俺は大丈夫だから」
言い含めるように囁いて、ロックオンは刹那の頭を撫で続ける。
薬が切れ始めたのかだんだんと感覚が戻ってきた体は、右目と右腕に違和感
を覚えさせていた。
けれど今はそれよりも左手から伝わる少し硬い感触と体温だけに意識を傾け
ることにする。
きっと次があるならば、同じことを繰り返すだろう。
けれどそれまでは、自分が刹那にとって必要なくなるまでは、こうやってい
られるだろうかと、それだけを願った。
***
一週間怖くてしかたがありませんでした。