<con tenerezza>
 

 


「かえる」
「ルビー」
「ビーカー」
「かえる」
「ルクセンブルク」
「首塚」
「かえる」
「瑠璃」
「隣家」
「・・・帰るっ!」

叫んで立ち上がったロックオンに足払いを食らわせて、ディアッカは雑誌のページを捲った。
「ルーブル」
「ル・クルーゼ」
「・・・ギリギリだな」
「うっせーよ」
「俺もう帰る! 帰らせて!! っつーか殴ってでも帰る!!」
床に倒れているロックオンの肩に足を乗せて、イザークもそ知らぬ顔でビスケットをつまんだ。

場所は某スタジオ内、控え室。

「ぎゃーぎゃーやかましい。それにわめいても帰してもらえるとは思わねーよ」
まだ終わってないんだから、と呆れ顔のディアッカに言われてロックオンはふるふると震える拳を床に打ちつけた。
「・・・どうしてもかえさねーっつーんなら」
昔の地が出てきたのを察知して、イザークはロックオンの肩に加える力を強めた。

世間ではロックオンがリーダーで、イザークが副でディアッカが平と思われているようで、(あながち間違ってはいないのだが)ロックオンは人当たり良いし性格良いし顔も良いし声も良いし、理想の男と評されているようだが。
付き合いがいよいよ10年を突破したディアッカとイザークはよく知っている。
三人の中で一番手に負えないのがロックオンであることを。

正確な割り振りは、ディアッカがトレーナーでイザークが監査役だ。
監禁してたほうがいい猛獣がロックオン。
・・・少なくとも、グループ解散前はそうだった。
今ではロックオンは世間一般の評価と大差ない男である。

「つぅっ」
当たり前だが、鎖骨を靴で踏まれればいたい。
顔をしかめたロックオンを一瞥すらせず、イザークは天気の話をするようにディアッカに話題を振った。
「いつまで待つんだ」
「会議長引いてるみたいだなー」
「あと三時間で、俺は雑誌の取材があるぞ。こっちへくるように連絡しておくべきか」
「しとけしとけ」
面倒だ、と呟いてイザークは携帯電話をディアッカへ放り投げる。
「お前がしろ」
「・・・・・・俺はいつからお前のマネージャー兼任なんでしょう」

五年ほど前、共演した作品「ガンダムSEED」が過密スケジュール(なにせ役者が無人島に監禁されたことも有る)で撮影されたため、マネージャーの手が追いつかず、いつのまにかイザークの処々はディアッカが管理するようになっていた。
それに味を占められたらしい。
・・・くそぅ、俺は自分のスケジュール管理は自分でしてたのに。

「離せイザーク・・・」
低い声がボソリと呟いて、イザークはその目を細めた。
「あきらめろ」
「だから離せってんだろうが!」
無理やり体を動かし、イザークを椅子ごと跳ね上げて、ロックオンは扉へとダッシュする。



がちゃ

がちゃ がちゃがちゃ がぎょ


「・・・・・・・・・」
「・・・ま、お前のマネだもんな。性格読まれてらぁ」
案の定、鍵のかけられた控え室。
しかも外鍵。
理不尽すぎた。
「あきらめろロックオン。俺達に同時に会いたいとホザいたプロデュ−サーをうらめ」
ディアッカにトドメをさされて、ロックオンはずるずるとその場に崩れ落ちる。


約束があったのに。

3月3日を祝いたいと可愛い弟にお願いされて、必死でその日は開くようにスケジュールを調整したのに。
弟のいる田舎まで、がんばって5時間ぐらいで着く。
本来なら今頃にはもう出ていたはずなのに、気がついたら拉致されて。


もう、電話をしなければ。
3日までには帰ってこれないと連絡をしなくては。
でもそうすると、弟のあのがっかりした声を聞かなくてはいけなくて、それが悲しくて。
「くっそぉ・・・刹那ぁ、ごめんよー」
しくしくと蹲って泣いている大の男を気持ち悪がる目で見下ろして、イザークは頭を振った。
理解できなかったのか。
他の人がかぶったのか。

「ごめんな刹那ー・・・」
にーちゃんがんばったんだよぅ、と涙目になりながら、ロックオンは携帯電話を取り出す。

「・・・電話はいいが、なぜそんな扉の傍なんだ」
思わず突っ込んだディアッカに、キッとした表情で振り返る。
「お前らに会話を聞かれたくないからだ!」
「そりゃー、わるぅーござんしたね。先日、人の彼女にイタ電したのはどいつだ」
「首謀者は俺じゃない」
心外だという顔をしたロックオンに、ディアッカは雑誌を机にたたきつけた。
「俺にはお前以外に「ディアッカはイザークとラブラブです♪」なんてホザく知り合いはいねーよ!」
「・・・ああ、アレか」
なーんだ、と目じりを下げたロックオンにディアッカが卒倒しそうなほどの勢いで叫ぶ。

「他にもしたんか!」


さあねえ? と食えない顔で笑って、ロックオンは再び携帯電話を。





バアン


「・・・・・・お約束とはいえ、扉はゆっくり開けましょう、マル」
顔をなぐらられそうになりながらも、扉を見事に押さえてロックオンは手から落ちそうになった携帯電話を拾い上げる。
「ええと、どなたさ」


ま。



「はあっ・・・はあ、はあ、ロックオン!」

扉を開けて立っていたのは、年のころ13,4だろうか。
あどけない顔に黒髪、少し色の濃い肌。
「ロックオン!」
ぱあっとその顔を輝かせて、少年はロックオンに抱きついた。

「せ・・・せ、刹那!? どうしたんだ、ってこれは夢か!」
「ゆ、ゆめじゃない。ロックオン、会えて良かった」
口をぱくぱくさせて、ロックオンは刹那を見下ろす。
だって刹那はいま、家にいるはずで。
なのにここは東京で。
えーっと。

「刹那、学校は」
「日曜」
「あ、そうか。何でここに」
「・・・ロックオン、聞いてないのか」
きょとんとした顔で見上げられて、ロックオンは首をかしげた。
「なんだ?」
「・・・俺、東京にくるから・・・ロックオン忙しいから」
「・・・・・・・・・」

さっぱり覚えていなかった。

「聞いてなかった?」
「・・・聞いてなかった」

項垂れたロックオンを見上げて、刹那は笑った。
「でも会えた」
「そーだな。おまえどうやって入ってきたんだ?」
わしわしと頭をなでながら言われて刹那はふいっと顔をそらす。
「言わない」
「ま、いーや。せっつなー、ひさしぶりだなー」
でれでれとした顔になって刹那に抱きついて頬ずりをするロックオンを、少々離れた場所から見ていたディアッカとイザークは、何も言わず何も考えないことにしておいた。











スタジオからようやっとロックオンが開放されて、まだ寒い中ほうっと手に息を吹きかけた刹那の頭に手を載せた。
「ロックオン、お疲れ」
「待たせたなー。寒いだろ」
手を握ろうとすると、ひゅいとよけられた。
「せつなぁ」
「・・・俺はもう子供じゃない」
むっとした顔で返されて、ロックオンは唇を尖らせた。
「俺は子供だしー」
「ロックオンは今日で24歳!」
どこが子供だ、と弟に睨まれてロックオンは笑った。
「じゃあ誕生日プレゼントで刹那の手が良いな♪」
「・・・・・・プレゼントはちゃんとある」

呟いて、刹那は先に歩いていってしまう。
軽く肩をすくめてロックオンは慌てて追いかける。
「東京はなれてないんだから勝手に行くな、あぶねーだろ」
「・・・」
無言で頷いた刹那の少し前を歩く。
くい、と後ろに引かれる。

振り向いたロックオンのコートの裾を、刹那が握り締めている。
「刹那」
名前を呼んで促すと、不本意そうな顔をわざと作ろうとして、口を尖らせた。
それでも微笑んで立ち止まると、ごそりと裾の中へ手を差し入れてきた。
指を絡めてひっぱると、うわっと声を上げながらしがみついてくる。

「ロックオン!」
咎める声に笑って、ロックオンは刹那の手を引いて雑踏の中へと歩いていった。


 



***
誕生日を本気で祝っていない件。