<You are the only person don't know anything.>




日課のトレーニングを終えて何か飲もうと談話室を訪れたアレルヤは、談話室の片隅で肩を寄せ合っている子ども二人の姿を目にして思わず足を止めた。
ドアが開く僅かな電子音を敏感に察知して刹那がぱっと振り向き、それに続いてフェルトもアレルヤを見る。
その表情があまりに鬼気迫るものであったから、アレルヤは一瞬そのまま談話室から引き返そうかと思った。
が、二人とも入ってきたのがアレルヤであると分かるとあからさまにほっとした表情をするものだがら、何をしているのかと興味が沸いて、アレルヤはそのまま談話室へと入った。

何も言われない上に出て行く事もしないから、アレルヤに見られて困るというわけではなさそうだ。
保冷庫からミネラルウォーターを出す時にちらりと二人の手元を盗み見ると、今度の休暇申請の紙と、メンバーのシフト表が並べられていた。
「今度ロックオンとどこかに遊びに行くの?」
アレルヤとしては何気なく声をかけただけのつもりだった。
「・・・ロックオンには、秘密なの」
「え」
フェルトの言葉にアレルヤは驚いて小さく声を漏らした。

精神面の考慮から、定期的にCBのメンバーも地上に降りる事が義務付けられている。
その時期は期間内であればある程度自由が利く上休暇扱いにもなるので、刹那とフェルトとロックオンで時期を合わせて地上に降りるものだと思っていた。
常に三人一緒である必要はないのだろうが、どうにもそういう印象が強くなってしまっているので自然とそういった言葉がでてきてしまっていたのだが。
なるほど、二人だけでどこかに遊びに行きたいというのは至極当然の思いつきなのかもしれない。
これはロックオンが知ったら寂しがるだろうなぁ、とここにはいない二人の保護者の反応を想像して苦笑したアレルヤに、刹那が付け足すように告げた。
「3月3日が誕生日なんだ」
「・・・誕生日って誰の?」
「ロックオン」
「あ、そうなんだ」
それは初めて聞いたな。
「それで、何か誕生日に用意しようと思って」
「ああ、それでロックオンには秘密なんだね」
内緒でプレゼントを用意しようとしているのが微笑ましくて、アレルヤは頬を緩める。
「アレルヤ」
「ん?」
「ロックオンがもらって嬉しいものってなんだと思う」
「さっきから悩んでるの。でもなかなか決まらないの」
「えー・・・」
突拍子もない質問に、アレルヤは困ったなとこっそりハレルヤにも聞いてみたが、くだらないとばかりに反応すら返してくれなかった。
たぶんロックオンのことだから、刹那とフェルトが選んだものなら何だって喜ぶに違いない。
けれどそう返してもこの二人が納得するとも思えない。

無難なところでは常につけている手袋だろうか。
けれどあれは本人の好みや付け心地に左右されるし、手先の作業を重要視されるから余計に自分で選別した方がいいだろう。
あとはハロ関連・・・は何か違うし。
真剣に見つめてくる二対の目に耐え切れずに視線を宙に彷徨わせ、そこでふと先日ロックオンが使っていた時計が壊れたと零していたことを思い出した。
「・・・時計とかどうかな。この間新しいのがほしいって言っていたし」
参考になればいいけど、と言うアレルヤに刹那とフェルトは同時に頷く。
「なった」
「ありがとう」
「どういたしまして」
「このことロックオンには内緒にして」
「オーケー」
頑張ってね、とひらひらと手を振ってアレルヤは談話室を後にする。
きっとこの後も二人でまだまだ話し合うつもりだろうから、そこにアレルヤは必要ない。
廊下を進みながら、アレルヤはふふ、と小さく笑った。
「まったく。愛されてて妬けるねぇ、ハレルヤ」
あれだけ一生懸命に考えてもらえるだなんて。
きっと本人は自分の誕生日を忘れているに違いない。
人の事はまめなのに自分のことになると途端に疎くなる人だから。


あの二人の真剣さに免じて、きっとこの後子ども二人に置いてけぼりにされた保護者の嘆きを聞くくらいはしてあげよう。





数日後、案の定食事をしていたアレルヤのところに死にそうな顔をしたロックオンが姿を現した。
そういえば今日から刹那とフェルトが地上に降りるんだっけ、とシフト表に書かれていた日時を思い出し、トレミーの手伝いを少しした方がいいかなと算段をつける。
もっともまずは目の前で机に突っ伏していじけている大人を宥めるのが仕事だ。
「どうしたんですか」
「刹那とフェルトがー・・・二人だけで地上に行っちまったー・・・しかも俺に内緒でだぜー・・・」
通行儀礼のように尋ねれば、予想と全く違わない答えが返ってきた。
ここ数日ロックオンは単独任務で一人地上に降りていたから、子ども二人のささやかな企みを知る機会などなかった。
帰ってこれば可愛がっている二人が揃って、ほとんどすれ違いのように地上に降りていってしまったのが相当堪えたらしい。

「別に二人だけで行くのはいいんだけど、何しに行くかも全部黙秘!」
お兄ちゃんはもうお役ごめんなんですかねぇといじける姿に苦笑した。
刹那とフェルトが地上に行ったのはロックオンへの誕生日プレゼントを買いに行ったのであって、それを行ったら計画がばれてしまうので当然理由など教えてもらえるはずがない。
適当な理由をでっちあげるには、二人とも嘘が下手すぎた。
「それで落ち込んでるわけですね」
「そー・・・アレルヤなぐさめてー」
「うーん」
どうしようかなぁ、なんて言ってみると、アレルヤまで冷たいとわざとらしい泣き声で返答される。
二人の計画を知っている身としては、ここで慰めなくともいいんじゃないかと思ってしまうわけで、しかしこれだけ落ち込んでいると慰めないといけない気分になってくる。
「ねぇロックオン、もうすぐ何があるか知ってます?」
せめてものヒントにと言ってみれば、ロックオンは顔を上げてしばらく考え込むように視線を左右させた。
しばらく悩んだあと、ああ、と小さく声をあげて、アレルヤを見てにっこりと笑む。
「お前の誕生日な。忘れてないから安心しろって」
「・・・・・・あ、ありがとうございます」
いやそうじゃなくて、とアレルヤはこの時ばかりは自分がロックオンとたった数日しか違わない生誕日であることを少し恨めしく思った。
これでは自分で自分の誕生日を祝ってくれと催促したようなものじゃないか・・・。

この際だからもう放っておこう、と溜息を吐いたアレルヤは、机に投げ出されたロックオンの手首に嵌っているごつい腕時計に目が留まった。
「あれ、どうしたんですかその時計」
「この間壊れたって言ったろ? 地上に降りたついでに買ってきた」
なんだかんだでないと不便でさぁと零すロックオンに、アレルヤは内心冷や汗ものだった。
自分が刹那とフェルトに時計という案を出した後、その日の夜になって結局時計にすることにしたとわざわざ刹那が教えてくれたのだ。
これでもし二人が帰ってきてロックオンの時計を見たらどうなるだろう。
「ま、その場しのぎで買ったからあんま似合ってないんだけどな・・・・・・・アレルヤ?」
「あ、そ、そうですねっ?」
名前を呼ばれてアレルヤは我に返った。
案を出した手前自分にも責任があるし、出来る限り強力してあげたいのが心情というものだ。
「ねぇロックオン、しばらくその腕時計貸してもらえませんか?」
「は? まぁいいけど」
どうせ宇宙にいる間はあんま使わないし、と呆気なく外して渡してくれたロックオンに内心謝りつつ、アレルヤはありがとうと表面ではにこやかな笑みを浮かべた。


 

 



***
誕生日準備号のような。
腕時計はそのままアレルヤの引き出しの肥やしとなりました。