※アニメ第19話より
<Pile up>
真実を知ろうと、知るまいと。
胸の痛みは変わらない。
大切なものを奪われた。
その怒りのままに突き進んだ。
罪は自覚している。
その罰はいつか受け入れる。
――連鎖を断ち切れなかったのは自分の弱さかもしれなかったけれど。
それでも。
目の前の少年が自分の家族を奪った組織の一人だとしたら。
その事実自体は、まったく想定していなかったことではなかった。
「その前に、やることがある」
向けた銃を握る手は震えていないだろうか。
刹那を撃つ気なんて毛頭ない。
だが、笑って許してしまっていい問題ではないのだ。
それでは自身も、おさまらない。
傷つけたくないのに。
守りたかったのに。
その笑顔を、わずかな笑みを向けられるのがうれしかったのに。
「――刹那」
名前を呼ぶ。
これは、通過儀礼。
通らなくてはいけない場所。
たとえ二人の関係を砕こうとも。
「俺は今、無性にお前を狙い打ちたい」
それを言われた刹那は、瞳すら揺らさず。
「家族の敵を討たせろ。その恨みを晴らさせろ」
さらに動揺するような言葉を叩きつけても。
それでも刹那は動かなかった。
(・・・それほど、お前は俺を)
懐いてくれていたと思っていたのに。
憎しみをこめた、殺意の言葉を叩きつけられても、欠片の動揺も見せないほどに、自分に心を移してくれてはいかなかったのか。
(――っ、俺は・・・ロックオン=ストラトスとしても、何も)
何も為せなかったのか。
この子の心をほぐすことができたと、そう思っていたのに。
「――っ」
引き金を引く。
発砲音と共に、本当に小さくロックオンは呻いた。
耳元を掠めた衝撃にも微動だにせず、刹那はまっすぐロックオンを見つめたままである。
髪が数本落ちたが、たったそれだけのことだ。
耳を打ったはずの轟音にも眉も動かさない。
(せつ、な)
撃った手が震えた。
それを悟られないように、強く握りこむ。
あと少しだ、もう少しでこの儀式は終わる。
辛くても耐えなければいけない。
刹那に教えなくてはいけない。
ニール=ディランディから、彼のいた組織が奪ったもの。
それによってロックオン=ストラトスが抱いている憎しみ。
それを理解する必要がある。
人がどんな衝動に突き動かされているのか。
自分達の行っている行為が、どれほど悲しみを呼んでいるのか。
刹那が撃った兵の家族が、ロックオンと同じ気持ちであることを。
いつ彼が撃たれてもおかしくないということを、それを理解しないのは強者の傲慢であることを。
じっとロックオンを見ていた刹那が、ゆっくりとまぶたを伏せた。
「・・・俺は、神を信じていた。信じ込まされていた」
「だから俺は悪くないってか」
(そうじゃない刹那・・・そうじゃない)
それはただの免罪符。
それは、己の行為から目をそらすことだ。
それをさせたくなくて、撃ったのに。
「この世界に、神はいない」
呟いた刹那の顔が、険しくなった。
駆け寄ってやりたい衝動に駆られながら、ロックオンは銃を向けるのをやめない。
「・・・この世界に、神はいない」
もう一度繰り返した刹那は、きっとロックオンを見上げた。
「答えになってねぇぞ!」
「――神を信じ、神がいないことを知った。あの男がそうした」
「・・・あの男?」
鋭さはあったが、それは突き放すような感情ではない。
ロックオンに銃口を向けられたまま、そこから逃れようとするそぶりを見せず、刹那はその男の名前を告げた。
「・・・もし、やつの中に神がいないとしたら、俺は、今まで・・・」
そういった刹那は、視線を伏せた。
その小さな呟きの中にあまりに大きすぎる感情を抱えているのがわかったロックオンは、逆に動けなくなった。
その目は、ソレスタルビーイングに来た時の。
まだ、何も話してくれなかった時の。
あの虚ろな。
「刹那」
ティエリアの声に我に返る。
一つだけ、聞かなくては。
「刹那! これだけは聞かせろ」
二度と刹那が、自分を見てくれなくともいい。
微笑んでくれなくても。
傍によってきてくれなくとも。
名を呼んでくれなくても。
これだけは。
「お前はエクシアで何をする」
わかってくれたのか――わかっているのか。
戦争というものが何かを。
武力介入という行為の意味を。
「戦争の根絶」
「俺が撃てばできなくなる」
それでも、と言って欲しかった。
少しは動揺して欲しかった。
そんなことをしないでくれと、偽りでもいいから聞きたかった。
刹那に銃を向けて。
彼が動揺しないことが、一番ロックオンを動揺させていた。
(少しぐらい、焦ってくれよ・・・それほどの信頼も、されていなかったのか)
ティエリアがかつて銃を向けたときと同じ対応。
静かにただ、睨む。
銃を出してこないのは、ロックオンの射撃の腕前を知っているからか。
ティエリアがいるから、撃たれやしないと思っているのか。
(俺はお前を、変えられなかったのか・・・あの少年兵だった日から、何も)
やるせない気持ちで返答を待った。
それは。
「――かまわない」
小さい声で。
「代わりにお前がやってくれれば」
(え・・・)
動揺して、それを表情に出さないようにととっさに理性が走る。
わずかに銃を持つ腕は動いたが、顔にまでは出なかったはず。
「このゆがんだ世界を変えてくれ。だが、生きているなら俺は戦う。ソラン=イブラヒムとしてではなく、ソレスタルビーイングのガンダムマイスター、刹那=F=セイエイとして」
「ガンダムに乗ってか」
「そうだ。俺が、ガンダムだ」
言い切った刹那に、ロックオンは我慢ができなかった。
こみ上げてくる笑いは、安堵か自嘲か。
「――はっ、アホらしくて撃つ気にもなんねぇ」
やっと下げれた銃口を、すぐさま下に向けた。
「まったくお前はとんでもねぇガンダムバカだ」
最後に皮肉ってやると、先ほどまでとは声色の違う声が聞こえた。
「ありがとう」
「あ?」
「――最高の褒め言葉だ」
その表情は。
見間違えるはずもなく。
読み違えるはずもなく。
「あっ・・・あっはっはっは、はっはっはっは」
笑いながら、ロックオンはしゃがみこむ。
伝う涙を隠すために顔を両手で覆って、笑い続けた。
「ロックオン・・・?」
いつまでも笑うロックオンに、刹那が声をかけてくるが、ロックオンは答えない。
「ははは・・・バカだ・・・俺は、なんて、ばかやろうだ」
「ロックオン」
「刹那」
しゃがんだロックオンの様子を窺おうと、中腰になっていた刹那を、ロックオンは長い腕を伸ばして抱きしめた。
「ロックオン?」
「刹那、ありがとう。俺を信じてくれて、ありがとう」
耳元で呟かれた言葉に、刹那の体からふっと緊張が抜けた。
震え始めた手をごまかすように、背中に強く腕を回して、ロックオンの背中を握りしめた。
「・・・・・・わかってた。ロックオンは俺を撃ったりしない。わかってた・・・わかってた」
「そうだよ。俺がお前を撃てるわけがない。お前はそれだけ、それだけ」
信じてくれていたのだ。
何か理由があるのだと、本気で撃つわけがないと。
ロックオンが刹那に銃を向けるわけがないと、信じていた。
だから刹那は動じなかった。
それだけ信じてくれていた。
それを何て誤解をしたのだろう。
彼はこんなに必死に耐えていた。
今だって、ロックオンの腕の中で震えている。
怖かったのだ。
ロックオンを信じていたのに、裏切られたかもしれないと感じていて、怖かったのだ。
けれどその動揺を表に出さず。
ロックオンの怒りを受け止めようと必死で。
――ああ、だからあんなに。
ようやくロックオンが銃口をそらした時あんなに。
安堵した顔をしたんじゃないか。
「俺は、ロックオンを信じてる」
ずっと信じてる、と寄せられた信頼がロックオン=ストラトスの存在意義だ。
***
急遽。
書き出したら止まらなかった。
(ティエは空気だけどこの直後にアレルヤと通信していちゃこけばいい)