ロックオンは時々耳にイヤホンをつけていることがある。
それは機械いじりをしている時や本を読んでいる時や何もせず眠っているのか目を瞑って座っている時、つまりは一人きりでいる時で、誰かがいる時はたとえ同じ動作をしていてもイヤホンは外している。
だから刹那の前でロックオンがイヤホンをかけている時はなく、彼が何を聴いているのか知らなかったし、気にしたこともなかった。
<Celtic>
ロックオンの部屋のドアを叩いても返答がなかった。
以前は何の前触れもせずに入室していたのだが、それはだめだと何度か諭されて、それからはきちんとノックをするようになった。
それなのに、何も返ってこない。
留守なのかと思いコンソールをいじると、あっけなく扉は開いた。
普段からロックなどかけないのでそれはいいのだが、ロックオンが入口に背を向ける格好で床に座って作業をしているのを見て刹那は目を眇める。
床に散らばった金属の部品を見るに銃の手入れでもしているのか。
いるならいると返事くらいしろと言いかけて、ふとその耳から白いコードが伸びて、床に置かれた小さな端末に繋がっているのを見た。
刹那は無言のまま、できる限り気配を殺してロックオンに近寄る。
普段なら人が近づけば気づくのに、集中しているのか顔を下げたまま作業を続けているその耳から白いコードを引っ張った。
耳に入れられていたヘッドの部分がだらんと垂れる。
ロックオンは軽く曲げていた上半身を瞬時に伸ばして、ばっと振り返った。
今ヘッドホンを引っこ抜いたのが刹那だと見止めると、拍子抜けしたかのように肩の力を抜いた。
「・・・なんだ、刹那か。いつ入ってきたんだ?」
「今。ノックしたのに返答がなかった」
「そりゃ悪いことしたな」
刹那は両手に持ったままのヘッドホンのヘッドをそっと耳に当てる。
それほど大きくはない音量で脳内に響く音は、刹那にとって聞き覚えのないものだった。
いくつかの音が重なり、独特の響きを持って奏でられる音は音楽というよりも祈りの声に聞こえた。
自分が昔中にいた、あの声の渦のような。
聞いていると、体の奥からゆっくりと染み透っていくような、そんな。
ピ、と軽い電子音と共に音が止まった。
目を瞬かせる刹那の手からロックオンが苦笑しながらヘッドホンを取り上げる。
「気に入った?」
「ああ」
「じゃあ後で貸してやるよ」
「これをいつも聴いてるのか?」
「たまにな」
ふぅん、と刹那は首をかしげる。
すでに仕舞いこまれた端末に見覚えはなく、今までロックオンが音楽を聴くということすら知らなかった。
そのことを尋ねてみると、肩を竦めてロックオンは呆気ないほど簡単な理由を返した。
「こんなの聴いてたら、お前らと話ができないだろ?」
「つけたままでも声は聞こえるだろう」
遠くの音を聞き取ったりすることはできないだろうが、面と向かって話す分には支障はなさそうな音量だった。
「会話をないがしろにしてまで聴きたいわけじゃないよ」
あえて言うなら寂しいから聴くんだな。
「寂しいのか」
「そ。俺寂しがりやだから」
自分を指差して言うロックオンに、いつも煩いほどわめき立てるあのAIの姿が室内のどこにもいないことに気づいた。
普段からあれが側にいるのならば、一人だけの空間というものは静かだろう。
静寂は刹那には苦にはならないが、ロックオンはそうではないのだろうか。
なら、と刹那は口を開いた。
「なら、俺がつきあってやる」
表情を崩さぬまま言った刹那に、ロックオンは床に散らばった銃の部品を片付ける手を止めて、刹那を見上げる。
「音楽なんか聴かなくて済むように、ハロが戻ってくるまで」
照れも気負いもなく言い切った刹那に、ふ、と小さく息を吐き出して、それじゃお願いしようかねとロックオンは笑った。
***
ロク刹じゃなくて刹ロクになってないか。
・・・かけてすら、ないやも?
19話は神話(待)でした。