<冬のベンチ>
 

 


アレルヤとティエリアは、公園のベンチで二人並んで紙コップに入ったコーヒー を啜っていた。
公園といっても遊具の影は一部にしかなく、遊び場というよりかは都会の中に一 定量の緑を確保しておくための格好だけの土地、と言った方がよさそうなものだ 。
季節は冬も酣といったところで、公園の至る所に植えられた木は、梢を冷気に晒 して寒々としている。
広い道幅とあわせると、随分と閑散とした印象を受けた。
暖かな日であれば、このベンチに座って草花を愛でたり日向ぼっこを洒落込むこ ともできるだろうが、このような寒い日に余計に寒くなるような場所で座ってい るのは二人だけだった。

かといって、二人とも好きでこんな場所で座っているわけではなかった。
日程の関係で、今日ここで別行動をしていたロックオンと刹那と合流する予定だ ったのだ。
人気を嫌うティエリアを配慮したのか、店などを指定しなかったのは分かるのだ が、これだけ寒いのであればホテルで待ち合わせればよかった。
ティエリアはまだ湯気の立つ紙コップを両手で握りしめる。
隣に僅かな隙間を空けて座るアレルヤは、ぼんやりとした表情でどこかを見てい た。

「アレルヤ、何を見ている」
「向こうに池が見えるんだ」
鳥がいるよ、と指差した方向を目を眇めて見る。
木立の向こうに、確かに丸く黒っぽいものがあった。
そのところどころに白いものも見える。
「面白いのか」
「時間潰しにはなるかな」
微笑んで、アレルヤは寒くないかいとティエリアに尋ねる。
その吐息が彼らが持っているカップの湯気同様白く曇って、アレルヤも寒いのだ ろうか、とティエリアは思った。
「ロックオンと刹那、遅いね」
アレルヤが左手首に巻いた腕時計を見ると、アナログ式な時計の針は指定された 時刻をもうすぐ越えようとしていた。

「ピピ」
携帯端末が着信を告げる。
アレルヤがそれを取って、表情を緩めるのを見て、ロックオンからかと予想はつ いた。
その後二言三言交わし、通信を切ると困ったような笑みを浮かべてアレルヤはテ ィエリアを見た。
「ロックオンから。少し遅れるそうだよ。あと15分くらいで着くみたいだから ・・・」
「それまでここで待ってろというのか」
着信相手は予想通り、そしてその内容も予測されてしかるべき内容だった。
時間までに行動できないのはマイスター失格だ、とぼそりと呟くと、宥めるよう に、交通機関が遅れてるんだって、と遅刻の理由を話した。

だからといって遅れる事に変わりはなく、それまでこの寒い中にいなければなら ないことも違いない。
不機嫌そうに眉を寄せ、白いコートの襟を立て直した。
「寒いよね」
「ああ」
「どこかのお店入ってる? ここで僕が待ってるから」
「君だけを待たすわけにはいかない」
そうだ、とアレルヤは自分のすぐ隣を指で指し示した。
「ならもっとこっちに」
「行かない」
即答するティエリアに、アレルヤは一瞬しょげたような表情を見せる。
ティエリアはすでにカイロの役割を果たさなくなりつつあるコーヒーを飲み干し
て脇に置き、手を擦り合わせた。
口元に両手を添えて息を吐き出すと、少し暖かい。
鼻が随分と冷えていたらしく、篭った息で痺れるような暖かさを感じた。

丁度視線の前にある、二人が座っているものと同じ形態のベンチを睨むように見 据える。
アレルヤの申し出はかなり抗いがたく、強い誘惑であったけれど、いくら寒くて 人気がないとはいえ、人目につくような場所でそこまで近くに寄るなどティエリ アにはできなかった。
それに、ロックオンと刹那がやってくるか分からないのだ、そんなところを見ら れたら、何か言われるに決まっている、特にロックオンはにやにやと不愉快な笑 みを浮かべてからかってくるに違いないのだ。


「あ」
アレルヤの声に、ティエリアは視線を横にずらす。
彼の視線は足元に向けられていて、見ると白い猫がアレルヤの足に擦り寄ってい た。
首輪をつけていないが、体を覆う短めの毛はそれほど汚れていない。
すらりとした伸びやかな手足をアレルヤの足に引っ掛けて、猫はにゃあ、と鳴い た。
「この公園に住んでるのかな?」
優しい声で問いかけるアレルヤに、猫は答えるようにすりすりと体を寄せてくる 。
手を差し出してあごを撫でてやると、ごろごろと気持ち良さそうに喉を鳴らした 。
「随分と人に懐いてるなぁ」
誰かに飼われていたのかな、と猫に再びアレルヤは尋ねる。
猫が人の言葉をしゃべるわけではないのに。
猫は青い目でアレルヤをじっと見つめ、今度は先ほどよりも長く鳴いた。
「可愛いね、ティエリア・・・・・・・ティエリア?」
可愛いなと楽しそうに猫を撫でてやるアレルヤにぴたりとくっついて、理由もな く腕に手を絡めてみる。
困惑気味に名前を呼ぶアレルヤの腕を更に強く引き寄せて、赤い目で猫を睨み下 ろすと、猫はうみゃぁ、とその場を逃げ出すように駆けていった。
そのまま振り返りもせずに茂みの中に姿を消してしまう。
残念そうに声をあげたアレルヤは、くっついたままのティエリアに視線を向けた 。
「逃げられちゃったね・・・ティエリア、猫を近くで見たかったのかい?」
首を傾げるアレルヤに、ティエリアは言葉の代わりに肩の部分に頭を持たれかけ させた。
フード付きのジャンパーの上からでも鍛えられた肉体の感触は伝わってきて、服 の触れ合った部分から少しずつ熱がこもっていく。
「やっぱり寒かった?」
「・・・・・・・・・ 微笑んで言ったアレルヤに無言のまま鼻を小さく鳴らして、ティエリアは冷たく なりかけた指をアレルヤのそれに絡めた。



 

 



***
急いでやってきたロックオンと刹那に目撃されればいい。