<密かな意地>
金属製の扉の前で、壁に凭れてなんとも言えない複雑そうな表情を浮かべて立っているロックオンに気づいたアレルヤは、擡げた好奇心に倣って曲がるべき角の反対方向を向いた。
本当は少し早いが夕食を摂るつもりだったのだが、多少立ち話をする事すら我慢できないほど空腹ではない。
それに彼のことだから、この間地上に行って補充したばかりの保冷庫の中身で何か作るつもりかもしれない。
もしロックオンを夕食の相伴相手にできれば、それにあやかれるかもしれないという少々の打算も働いていた。
何しろ最近地上に降りる機会がなく、贅沢であるとは分かっているけれど、味気ない宇宙食よりも地上の料理が恋しかった。
「ロックオン」
「よぉ、アレルヤ」
「何してるんですか?」
声をかけると、ロックオンは複雑そうな表情を少し緩めて笑みを浮かべ、刹那を待ってんの、と答えた。
「待つって・・・医務室の前ですよ? 刹那どこか具合でも?」
「いや、違う違う」
ぱたぱたと手を振ってロックオンはアレルヤの杞憂を否定した。
苦笑いに近いものを浮かべてその手で閉まったままのドアを指差す。
「今日健康診断なんだとよ」
「ああ」
そういえば昨日僕も受けたっけ、とアレルヤは軽く頷く。
CBのメンバーは、長期間宇宙にいるため定期的に健康診断を受けて状態をチェックする。
とはいっても簡単な血液検査と身長などを測定する程度なので、一時間もかからない。
今日は刹那の番だったんだねと納得し、それでどうしてロックオンが医務室の前で待っているのだろうという疑問にさし当たった。
「でも待ってるならわざわざここでなくてもいいんじゃないですか?」
「そうなんだけどなぁ」
いきなり引っ張ってこられてここで待ってろって言われた。
それで一時間律儀に待っているのがロックオンらしいというかどこまでも刹那に甘いというか。
ドアが開いて、検診用の服の上にいつもの服を羽織っただけの刹那が飛び出てくるような勢いで廊下に出てきて、目の前にいたロックオンに、どうだと言わんばかりに白く細長い紙をつきつけた。
それはアレルヤももらったものなのでよく知っている、診断結果が記されたものだ。
それを受け取ったロックオンが内容を見ているのを、どこか誇らしげな顔をして刹那は見ている。
やがて最後まで目を通したロックオンが手袋をした手でくしゃりと刹那の頭を撫でると、満足そうに口元が綻んだ。
それを見ているアレルヤに気づくとすぐに表情は戻ってしまったが、しばらく大人しく撫でられていた。
「よかったなぁ」
「・・・・・・・」
こくり、と小さく頷いた刹那に紙を返して、もう一度髪を掻き混ぜてロックオンは頭から手を離した。
「飯食いに行くか」
「これ置いてくる」
「じゃあ先に食堂に行ってるな」
「分かった」
頷いて刹那はするすると廊下を滑るように移動していった。
それを完全に見送って、はーぁ、とロックオンが深々と溜息を吐いた。
刹那と接している間は消えていた複雑そうな表情が復活している。
なんだかいつもと逆だなぁ。
普段無表情な刹那がどうにも上機嫌のようで、逆にロックオンが沈んでいる。
「どうしたんです?」
「あー・・・いやぁ、なぁ」
言葉を濁して、ロックオンはがしがしと自分の頭を掻く。
「刹那の背がさ、伸びてたわけよ」
「・・・それは喜ばしいことじゃないんですか?」
刹那が身長を気にしているのをは全員が知っていることだが、一番気にかけてやっていたのはロックオンなのだから、刹那の身長が伸びたら喜ぶかと思っていた。
おそらく今日刹那がロックオンを待たしていたのは、自分の成長を真っ先に報告したかったからで、ロックオンもそれが薄々分かっていたからこうして待っていたのだろう。
しかし刹那が上機嫌な理由は分かったが、ロックオンが複雑そうな表情をする理由が分からない。
表情に出ていたらしいアレルヤに、苦笑してロックオンは自分とアレルヤの背を比べるように手を伸ばす。
「アレルヤも検診終わったよな」
「ええ」
「とうとう抜かされたんだよな、俺。身長」
そういえば検診の日に、聞かれて自分の身長を教えた覚えがある。
しかしその時にロックオンの身長も教えてもらっていた。
抜いたといってもたかだか1センチで、そんなものは測量の誤差とかその時の姿勢の違いとかで簡単に変わるような変化だ。
「えーと・・・それが、何かまずいことでも?」
「うんや、成長するのは喜ばしいことだぜー」
なんだけどさ、と複雑そうな笑みを浮かべてロックオンは言った。
「俺としては、やっぱいつまでも皆のオニーサンでいたいわけですよ」
「はぁ」
「けど俺はこれ以上伸びないわけ」
「・・・でしょうね」
24ともなれば、遅い成長期でももう止まる。
それでもかなりの背があるのだから、もう十分だと思うのだけれど。
「まだ伸び足りないんですか?」
「・・・いや、そういうわけじゃなくて。俺は伸びないけどお前達は伸びるわけでさ。このままどんどん抜かされていくのかなーと思うとちょっと色々複雑なんだよ」
ロックオン以外のマイスター3人は成長期で、そろそろ止まってもいいはずのアレルヤは今回の検診でとうとうロックオンを抜いた。
今はまだティエリアにも刹那にも追い越される兆候はないが、今後はどうなるか分からない。
「抜いたらいけませんか?」
「へ、そういうわけじゃねーけど」
「僕は、それもいいかなと思いますけど」
目を瞬かせるロックオンに、アレルヤは照れたように笑う。
「そうしたら、少しはあなたに頼ってもらえるかなと」
「・・・・・・言ってくれるねぇ」
たぶん刹那が身長を少しでも伸ばしたいと思うのは、彼の少しでも助けになりたいからだ。
当の本人は随分と複雑そうにしているが、僕らとていつまでも最年長者に頼っているわけではない。
本当は身長はただの外見でしかなく、伸びたから頼ってもらえると考えているわけではないけれど、ひとつの指標にはなるから。
「とりあえず手始めに、夕食の支度のお手伝いから始めましょうか」
「ははっ」
にこりと笑ったアレルヤに応えるように声をあげて、じゃあ刹那と一緒に手伝ってもらうかね、とロックオンはアレルヤの肩を叩いた。
***
アレルヤとロックオンの組み合わせが多いです。
けど決して×にならない。