<とても陳腐な恋物語>
「・・・・・・はぁ」
食堂に何度目かの溜息が響いた。
さして広くもない、椅子が八脚並べられればぎりぎりな大きさの机以外、食堂にはこれといったものはない。
そのうちの二つが今は埋まっていた。
食器とフォークが当たる音程度しか雑音のない中では、ロックオンがいくら聞き流そうと試みても、正面に座る相手の溜息を完全に聞こえなくすることは無理だった。
まだここにクリスティナかスメラギ、リヒテンダールあたりがいてくれれば会話で流すこともできたとうに。
自分の前で食事をつくのか溜息をつくのかどちらかにしてほしい仲間をちらりと見て、ロックオン自身吐き出しそうになった溜息を飲み込んだ。
向かい合って食事をしている二人が二人とも溜息を吐くのはあまりにも辛気臭い。
最後まで無視しきれるだけの神経がほしかったと内心で思いつつ、ロックオンは腹を決めた。
どうしようと言わんばかりの溜息を何度も吐かれてしまえば、どうしかしたのかと尋ねざるをえない自分の性格を恨めしいと思う。
しかし仲間が悩んでいるとなれば聞いてやるのが努めというものだ。
アレルヤの手に持たれたスプーンはスープを掻き回すだけで一向に口に運ばれる様子がない。
ロックオンが声をかけると、その手がぴたりと止まって、灰色の瞳がゆっくりと机から視線を移動させた。
「どうしたよ、アレルヤ」
「ロックオン・・・」
助けてくださいと如実に訴えてくる瞳に思わず目を逸らしたくなる。
それを堪えて話しやすいように笑顔を浮かべて続きを促してやると、しばらく躊躇った後にアレルヤはスプーンを置いて机の上で両手を握り締めた。
その様子にもしかしてかなり深刻な悩みなのか、と気構えをしたロックオンに、アレルヤは大きく息を吸って悩みを打ち明けた。
声量を抑えられたそれは、それでも静謐とした室内では聞き取るには十分な大きさで。
「どうしたらティエリアをその・・・・・・誘えると思います?」
「へ?」
耳にした言葉を反射的に聞き返してしまったロックオンに対して、アレルヤは顔を赤くしてもう一度言った。
聞き間違えでなければ、「ティエリアをデート誘う」と聞こえたのだが。
尋ね返すと、確認しないでいいです、と俯いてしまった。
「・・・・・・・・・」
深刻といえば深刻だが、つまりこれはアレルヤの恋愛相談ということか。
しかもデートの誘い方ってまだデートしたこともなかったのか。
十九歳とは思えないほどの初心っぷりに、ロックオンはトレミーの白い天上を仰いだ。
人との馴れ合いを嫌っていて「冷酷」という言葉が誰よりも似合いそうなティエリアと、温厚で人とのコミニュケーションを人並みに取れるアレルヤ(当たり前のようでいてマイスターの中ではとても貴重な能力なのだ、残念なことに)が付き合っているという事がそもそもの不思議だった。
高圧的なティエリアと消極的なアレルヤという正反対の組み合わせは、逆に互いが自分にないものをいい具合に補っているのかもしれないが、当初相談をされた時は驚いたものだ。
その時に助言をした立場としては、今回も何か言ってやるのが順当というものなのだろうか。
いやしかし、こういう事は自分で手探りでやっていくのが重要なことであって。
「ロックオン、聞いてますか」
「あー・・・・・・聞いてる聞いてる」
軽く逃避に入っていたロックオンの思考をアレルヤが引き戻した。
「つまりはティエリアと地上でデートしたいわけだな」
逃避に走っても埒が明かないのでさっくり要点だけまとめて言うと、またアレルヤの頬に赤みが差す。
この状況で照れる必要性はないと思うのだが。
「・・・そういうことです。でもティエリア、地上が嫌いじゃないですか」
「そうだなぁ」
ミッションで地上に降りる度にすこぶる不機嫌になるティエリアだ。
自分から進んで地上に行くことなどないし、誘ってもまず断る。
そんなティエリアを地上に連れていくのはかなり難しいだろう。
しかしアレルヤはティエリアと地上でデートをしたいと思っている。
トレミーではいくら部屋では二人きりの空間を作れるといえども、限られた空間であるし、どうしても周りに気を遣うのだろう。
ならば答えは簡単だ。
「誘ってみりゃいいだろうか」
「え、でも」
「デートしたいんだろ? 恋人の頼みだ、いくらティエリアだって無碍に断ったりしねーよ」
たぶん、と心の中で付け足して、ロックオンは僅かに残っていた食事の残りをかきこんで席を立つ。
この後模擬訓練に付き合えと言われている、遅れたりしたら文句を言われるのは目に見えているし、それは御免だ。
「・・・・・・恋人同士」
その言葉に反応してまた顔を赤くしたアレルヤに、こいつ本当に大丈夫かね、と一抹の不安を覚えつつ、まぁなんとかなるのを願っておこうとロックオンは食器を片付けた。
できることなら穏便に二人して地上に出かけてほしいものだ。
断られたりなんかしたら、キノコをはやして膝を抱えて浮いているアレルヤの姿を見る羽目になりそうだったから。
「ティエリア」
本を読んでいると硬い声で名前を呼ばれて、ティエリアは読みかけの紙面から顔をあげた。
普段本を読んでいるのを妨げられる事を嫌うティエリアの性格を知っているから、重要な用件でない限りアレルヤはティエリアが本を読み終わるまで待っている。
何事だろうとアレルヤの顔を見ると、真剣な顔でこちらを見てくる灰色の瞳とかちあった。
きゅっとティエリアも表情を引き締めて、本を閉じて体の向きをアレルヤの方へと直す。
「どうしたアレルヤ」
「・・・・・・ティエリア」
切羽詰った、少し擦れた声で呟くアレルヤに、神経が張り詰める。
今日は訓練以外なにも予定はなかったはずだ。
朝食時以外夕方までお互い一度も顔を合わせていなかったため、その間に何かあったのかもしれない。
「早く言え、何があった」
「ティエリア、明後日の予定は何かあるかい」
「明後日・・・?」
明後日から三日ほどマイスター全員に休暇が与えられていたはずだ。
その間、ティエリアは自室で先日取り寄せた本でもゆっくり読むつもりだった。
「いや、特には」
「よ、よければ僕と、その・・・地上に行かないかい?」
「俺が地上が嫌いだと知っているはずだが」
「うん、それは分かってる」
もしかして用件というのはこれのことなのだろうか。
そんなくだらないことで、とティエリアの機嫌が少し下がる。
知っていてわざわざそんな事を言ってくるなんてアレルヤらしくない。
けれど、知っていてそれでも言ってくるということは、アレルヤは自分と地上に行きたかったのだろうか。
そう考えて、少し胸の辺りがわだかまった。
てっきりアレルヤも明後日は宇宙に残っていると勝手に思っていた。
胸のあたりを掴んで眉を顰めたティエリアを、自分の言葉のせいで不機嫌にさせたのだと思ったアレルヤは、柳眉をさげて視線を横に逸らした。
「その・・・君と・・・デート、したくて」
「デート?」
「でも君に無理させてまでする事はないものね、トレミーでゆっくり」
「いいぞ」
「え?」
アレルヤの言葉を遮って言ったティエリアに、きょとん、としたアレルヤの目が眼鏡を押しあげるティエリアを見つめる。
ふいと逃げるように顔をずらして、ティエリアは口早に告げた。
「明後日だな」
「・・・い、いいの!?」
「なんだ、行かないのか」
「行くよ、ありがとうハレルヤ!」
飛び上がりそうなほどに嬉しがるアレルヤに、軽く鼻を鳴らしてティエリアは本に視線を戻した。
その後ろから手が伸びてきて体の前で交差される。
背中に暖かな体温を感じて、それに凭れつつティエリアは少しだけ明後日の休暇に思いを馳せた。