<撮影の合間 3>
こんにちは無人島。
「・・・俺さあ、無人島での撮影ってあこがれてたんだよな」
「そうなんですか? ロックオンも意外とロマンチストですね」
朝食代わりのおにぎりを片手ににこりと笑ったアレルヤに、そうじゃなくてね、とロックオンは眼前に広がる雄大な景色を示した。
「パイレーツオフカリビアンがさ、無人島で撮影したわけさ。それ知ってから憧れ」
「好きですねその映画」
「アレルヤはもっと甘い話のほうが好みそうだな」
「と、いうわけじゃないですけどね」
「こうさあ、無人島で撮影っつーからドーンとやってバーンとやってガーッ! とな!」
「・・・僕たちが出てるドラマはMSものですから、ドーンもバーンもガーッも全部MSがするので、模型かCGですよ・・・」
大体そんな内容だったらアレルヤはできない。
結構鍛えてはいるが、若干高所恐怖症だし高いところから飛び降りたり誰かを殴ったり蹴ったりなんて無理だ。
ロックオンはスタントいらずを豪語しているから問題はなさそうだけども。
「たまには肉弾戦やらせてほしーなあ」
ガンダムで肉弾戦をどうしたらするのか。
突っ込みたかったがやめておいた。
「あれ・・・肉弾戦ならなきにしもあらずですよ」
そういえば、と先日渡された分の脚本をめくって、印をつけてあるページを見た。
「ほら、ロックオン大活躍してます」
「・・・そこ、あれだろ? 俺が刹那殴ってティエリアに突っかかるシーンだろ? なんっつー心の痛いことをさせやがるんだ・・・」
日ごろから刹那を猫かわいがりしてるロックオンにとってみれば、その彼をフリだろうが殴るというのは相当堪えるらしい。
「そうですね、ティエリアに掴みかかるなんて、僕はとても」
「いや、ティエリアはその後が怖いっつーか、カワイソウ、俺」
ぼそぼそ呟いて、ロックオンは手袋のはまった手を握ったり開いたりしつつ、溜息をついた。
「明日はこれで刹那を殴るんだぜー・・・頼むから上手くあわせてくれよなー、何度もNG出してやり直したら俺の心が先に折れそうだ」
果たしてロックオンの不安は的中する。
「カット! カット! だめだめ刹那君! 倒れるタイミングが合ってない!」
「う・・・」
地面に倒れるポーズをとったまま、刹那はうつむく。
「大丈夫か刹那」
「・・・」
ロックオンに手を差し伸べて引っ張り上げてもらうも、刹那はうつむいたまま唇をかんだ。
すでに台詞がはいらないまま待機が続いているティエリアはキれかけているし、アレルヤは待機位置が遠くて刹那に駆け寄ろうとしてもすぐに元に場所に戻る羽目になってしまう。
「ロックオン」
「ん、そう気にするな。俺なんか初めての時は端役なのに何回もNGだし」
「俺を殴れ」
「は!?」
その言葉を聴いた周囲のスタッフも固まった。
当然だ、ロックオンが殴るのは顔である。
役者によって顔は命だ、殴られたあとだって化粧で演出するのだから。
「だ、だめだ」
「いいから殴れ! 赤くなったあとだって化粧で隠せる! こんなところで足ひっぱりたくないっ」
「・・・刹那」
しばらくロックオンは考えていたが、監督を振り向いた。
「監督」
「・・・わかった、刹那君の意思を尊重しよう。ただし手加減しろよ」
「刹那、衝撃に備えるな。おまえは俺に殴られるとは思ってないはずだ」
「・・・ん」
こくり頷いて、刹那は憮然とした「刹那」の顔を作ると、ロックオンを見据えた。
「えっ、本当に殴ったんでかっ」
「殴りましたよ、本気で。綺麗に入って綺麗に飛びました」
番組のコメンテーターに話をしながら、アレルヤはその日のことを話していた。
「ど、どうしたんですそのあと」
「すぐにスタッフさんが氷水で冷やして、ロックオンはずっと付き添ってましたよ」
無難なことを言いつつ、アレルヤは苦笑せざるをえなかった。
なにせ、あの砂浜で刹那がNG出している間ずっと待ちぼうけを喰らっていたティエリアの苛立ちが、次のシーンのロックオンとの絡みで大放出されたからだ。
あのティエリアの迫力は怖かった。
監督も一瞬絶句してたから。
「はあ・・・予告であったあのシーンは本当に殴ってるんですね」
「はい。わりあい体当たりの演技は多いですね。僕たちは――ロックオン以外は、ほぼ素人ですからなにをどう演じたらいいかわからなくて」
「先週のアレルヤさんの二重人格の演技はすごかったですよ」
「双子の兄弟が近くにいて……よく見ることができた相手がいたのは大きいですね。小さい時は入れ替わって遊んだりもしましたよ、それも役立っていると思います」
にこりと微笑んで会話を続けつつ、相手はやや核心的な部分に切り込んできた。
事務所と監督と、ついでにロックオンからもなんのかんの「言っていいこと悪いこと」を教えられてきているが、まだアレルヤにはよくわからない。
「全国の女性ファンを代表してお聞きしますが、恋人は?」
「え、ええと・・・」
(助けてくれ・・・ハレルヤ)
呟いてみても、ドラマと違ってハレルヤはアレルヤの頭の中にいないからどうしようもないのだが。
「いいですか、第一話放送直後にインタビューした時、刹那君は「興味ない」でその次のロックオンさんは「今忙しくてね♪」だったんですよっ! だからアレルヤさんは!?」
「いや、ぼ、僕は・・・」
恋人では、ないのでいないと答えるべきだろう。
たぶん、恋人ではない、ですよね?
ええと、ロックオンは確か。
――伏せとけ伏せとけ、公開してドラマで敵味方になったらクレームがすごそうだ
・・・だったような。
「その顔はいますねっ! でも公にできないんですか!?」
・・・そこまでわかってるなら聞かないでくれ。
「じゃ相手は業界人ですか一般人ですか、あ、もしかして片思い?」
「う・・・そ、そういうことにしておきましょうか」
苦笑いと共にアレルヤはなんとか相手の攻撃を回避した。
「・・・おまえさん、偉いことになってるなあ、アレルヤ」
「失言しましたか僕・・・」
逃げ込んだロックオンのマンションで、鬱になっているアレルヤを見下ろしてハレルヤが眉を吊り上げる。
「失言!? 失言してんに決まってんじゃねーか、コイツが!!!」
「・・・・・・」
無表情のまま新聞を読んでいたティエリアがハレルヤの大声に眉をしかめる。
「何で翌週のインタビューで、きっぱり想い人います宣言してるんだおまえは!」
「したら悪いのか」
「悪いだろう!? 俺たちゃ売り出し中なんだぜ! 全国の乙女を失恋させてどうする!」
「ま、まあまあ落ちつけハレルヤ。言っちまったもんは仕方がない。が、週刊誌は好きだなあ・・・」
「不愉快だ。どうして俺がクリスティナをめぐってアレルヤと争う」
「・・・・・・まあ、うん、その、一般的解釈ってやつだな」
共演している女性への想いをすっぱ抜(いたと報道関係者は思っている)かれたティエリアは、不機嫌顔に怒りと何かその他を浮かべてバシンとそのでかいモノクロ写真を叩いた。
「これはアレルヤが遅くなるというからレストランにたまたま二人で先に」
「・・・関係者はわかってるだろうが、報道陣は知らないだろうなあ」
しかもその向かった先の中華料理店にはロックオンと刹那とグラハムと沙慈とスメラギと・・・etcがドんちゃん騒ぎをしつつ待っていたとか、知るまい。
付け加えるとクリスティナとティエリアが遅くなったのはアレルヤを待っていたからである。
「だいたい君の意見は関係しないだろう。売り出し中なのは俺たちであって君じゃない」
「てっ・・・てめっ・・・俺がアレルヤのフリして尾行まかなきゃどうなってたことか・・・!」
「フリ? あれがアレルヤだって? ・・・ハッ」
ティエリアに鼻で笑われるのはいつものことなのだが、そのたびにハレルヤは怒る。
いい加減慣れろよ・・・というのはロックオンの意見だが。
「やっぱり僕が要らない種をまいたからかな」
「・・・肥料ぶちまけて日光当てたのはティエリアだぞ」
どっちもどっちというか。
99%ぐらいティエリアが悪い。
「だいたいよぉ、おまえ顔がいいからダントツ人気なんだ。ちょっとは自重してくれって・・・社長も泣いてたぞ」
「知らない」
「・・・デショウトモ」
ああほんと、傲岸不遜な人間って扱いにくい。
再び無人島。
「・・・・な、なんでですか」
「そりゃまあ、ティエリアの恋人を探せ報道で本土がややこしいことになったから」
砂浜に降り立ったアレルヤは溜息をつき、その横で沙慈が笑った。
「まあ休暇と思いましょう♪ 撮影そんなに押してないですし、僕にいたってはまったくノーギャラノー仕事」
何しに来てるんだあんた。
「一度見てみたかったんですよね、SEEDの名場面、海岸で銃を突きつけあう編」
撮影ここなんですよね、楽しみです。
笑顔で言った沙慈に、一応ロックオンは突っ込んでおいてやることにした。
「海岸で銃突きつけあうは間違ってないけど、あそこは屈指のアスカガ編では・・・」
「僕も早く銃とか撃ちたいなあ」
「沙慈クン、君ホントにこないだまで端役役者ナンデスカネ」
薄ら寒い会話をしている二名の横で、アレルヤは無言で海を睨むティエリアに話しかけていた。
「ティエリア」
「なんだ」
「うん、きっと少し落ち込んでいるだろうなと思って」
「雑誌の仕事を断わったのはこっちに専念するためだ」
「そうだね。だけど、皆を巻き込んでしまったこと後悔してるだろう」
自分より大きい手に頭を撫でられて、ティエリアは無言のまま少しだけアレルヤのそばによる。
「僕はティエリアのそういうところ、えらいなと思うよ。僕はどうしようか」
「・・・・・・・・・一人で問題ない」
つぶやいたティエリアを見下ろして、アレルヤは微笑んだ。
「そう、でも僕も謝らなくちゃね。一緒に謝ろう」
今は自分の肩に置かれている手に、自身の手を重ねてティエリアは少しだけ力をこめた。
***
それはストレス発散のように。
好きなシーン切り張りしているだけだからネタ集と思えばヨロシ。