<ブレイク>
「刹那、寝癖ついてるぞ」
「・・・・・・ん」
止まりそうなほどゆっくりとパンを咀嚼している刹那は、眠いのか普段の険を含んだ目を今は
とろんとさせている。
ロックオンが苦笑しながら後ろ髪を撫で付けてやっても曖昧に頷くだけだ。
そうしているとまだ子供なんだなぁ、と微笑ましくもある。
それでもそのままこっくりと前に倒れそうなのでそれが余計に笑みを誘う。
二人の正面の席で自分の分のスープをかき混ぜながらぼんやりと考えた。
ここにきてすぐの頃はそれはもう大変だった。
今ではロックオンにすっかり懐いていて、アレルヤにも彼ほどにとはいかないまでも会話をし
てくれるようになったが、最初はそれはそれは凄いものだった。
とはいえ刹那の相手はほとんどロックオンがしていたから、アレルヤはそれを見ながら大変
だなぁと思うだけだったけれど。
それでも刹那がここの環境に慣れて、無自覚ではあるが人との接触に過敏に反応しなくなっ
た頃、一度不用意にその旨を口にしてしまった事があった。
今のように、あの時は三人一緒に食事をしていて、ロックオンが刹那の世話を焼いているの
を見て、つい零してしまったのだ。
「刹那はロックオンには触られても怒らないよね」
それはロックオンにだけ気を許している刹那への皮肉とも取れるような言だったかもしれない
。
アレルヤとしてはそういうつもりはなかったし、ただ誰か一人にでも心を許したのは好いことだ
と思ったのだ。
けれどこの時点では失言でしかなかったようで、それを言った途端に刹那は大きく目を見開
いてアレルヤを凝視し、ばっとロックオンの手を振り払って食堂を出て行ってしまった。
机の上にはまだ温かい朝食が残されたままで、半分ほど残っているスープからは湯気がまだ
ほんのりとのぼっている。
「アレルヤ・・・お前さんなんで余計なことを言ってくれるかなぁ」
「すみません」
「せっかく最近大人しく触らせてくれてたってのによう・・・」
じと目で睨まれて反射的に謝ると、がっくりとロックオンは肩を落として自分の分のスープをス
プーンでかき回す。
それがいじけている子供のように見えて思わず笑いそうになってしまい、アレルヤは慌てて口
元を押さえて笑みを噛み殺した。
ロックオンは大袈裟に溜息をついて、自分の分のトレイを持って立ち上がった。
器用にもうひとつの手で刹那の食べかけの食事を抱える。
「それじゃ、俺はあいつの機嫌取りにいってくるわ」
やれやれ、とすっかり板についた保護者顔にアレルヤは申し訳なさそうに笑みを浮かべた。
「頑張って」
「誰のせいだ、誰の」
からりとした笑みを浮かべてそう返すと、ロックオンは食堂を出て行った。
「申し訳ない事しちゃったなぁ」
一人になった食堂でごちる。
せっかく刹那と一緒に食事をする機会だったのに、自分の失言で棒に振ってしまった。
まだ残っている自分の朝食を見てアレルヤは溜息を吐いた。
普段一人で食べている分には気にならないのだが、先程まで三人で食べていたので急に一
人になると妙に心寂しい。
けれど食べ残すのはもったいないし、今日は訓練もあるからしっかり栄養を取っておかないと
ばててしまう。
「自業自得だし、仕方ないね」
苦笑して冷めかけたスープに手を付けようとしたところで、ドアの開く鈍い音がした。
ロックオンが刹那に追い返されたのか、それとも休憩時間に入ったクルーの誰かが食事をし
にきたのかと視線をずらして、紫糸の髪の持ち主の姿に目を瞬かせた。
低血圧のティエリアは午前中に訓練がなければ昼近くまで部屋からでてこない。
今日は彼の訓練は午後からだから、昼食時まで顔をあわせないと思っていた。
「お、はよう、ティエリア」
「・・・・・・・・・・ああ」
ややあって返ってきた声に、アレルヤの気分は一気に上昇する。
「今から朝食かい?」
「君はまだ食べ終わってなかったのかい」
「よかったら一緒に食べてくれないかな、なんか一人だけだと味気なくて」
こんな事をいったら笑われるかな、と内心びくびくしながら返事を待っていると、ティエリアは黙
って奥へと入っていき、スープとドリンクだけを手に戻ってきた。
そのまま先程までロックオンが座っていた、アレルヤの正面の位置に座る。
「いただきます」
さっさと手を合わせてスプーンを手に取ったティエリアが、ぼうっと見ているアレルヤに気づい
て小首を傾げた。
「食べないのか」
「あ、うんっ」
はっとしたアレルヤは慌てて自分の食事に向き直った。
「・・・そういえば刹那も朝は弱いよね?」
食後にロックオンの淹れたコーヒーを飲みながら、アレルヤが尋ねた。
食事をした事で大分目が覚めたらしい刹那がこくりと頷いて、だが、と逆に尋ね返してきた。
「朝食はできるかぎり皆で食べるものだと聞いた」
違うのか、ときょとんとしている刹那に、アレルヤは思わずロックオンに視線を向ける。
いやまぁそういうことにしておこうぜ、と彼の目が語っていた。
「・・・まぁ、そうなのかなぁ」
その方が美味しいと思うのは確かなので、同意しておくことにした。
「そうそう、皆で食べた方が美味いってな」
「適当な事を言わないでください」
栄養分も何も変化しませんよ、とつっけんどんに言うティエリアにロックオンがつれないねぇと笑う。
いつの間にか狭い食堂の椅子は、決まったように四つ埋まるようになっていた。
***
ごはんは皆で。