<つないだ手>
がやがやと人の話し声が姦しい。
自分達の行きたい方向を遮る形で流れていく人々は上空から見たら川のように見えるだろう。
普段はそれほど人通りが多くないであろう細めの路地は、今は地面が見えないくらいの人で埋められていた。
久し振りの地上だというのに、これでは店ひとつ回るだけで疲れそうだ。
「祭りでもあるのかぁ?」
かなり遠くの方にまで続いている人の流れの先を確認しようと背筋を伸ばして覗いてみるが、見えるのは人ばかりでさっぱり様子が掴めない。
こんなことなら反対の通りに出ておくべきだったろうかと少し後悔した。
あっちはそれほど人もいなかったし。
最初に目をつけていた店に行けなくなるのは残念だが、無理にここに割って入るとミッション時より疲れそうだ。
「ううん・・・あそこの店のリキュールは絶品だったんだけどなぁ」
スメラギの分の他に、先日誕生日を迎えたアレルヤへ土産にでもしてやろうかと思っていたのだが、別のものに変更するのが無難だろう。
「さっきの道まで戻るしかねーな。刹那・・・・・・・って刹那?」
隣にいるはずの連れに話しかけたロックオンは、自分の肩ほどのところにあった黒い髪が忽然と消えている事に気付いた。
きょろきょろと辺りを見回しても、刹那の姿は見つからない。
「・・・嘘だろぉ?」
まさかはぐれたのか、とロックオンは額に手を当てて呟いた。
刹那もロックオンも民族色の濃い容姿をしているために、地方に来た時はかなり目立つ。
しかし今日いるような大都市は様々な人種が入り混じっているのでそういった民族的特徴ですら埋没してしまう。
しかも刹那はかなり小さめ(本人が気にしているので本人の前では禁句)な上、モノクロベースの服を着ているのでますます見つけにくい。
唯一の目印は常に首に巻いている長布だが、これだけ人がいればそれすらも見つけ出すのは難しそうだ。
そして現在調整にだしていたために無線機を携帯しておらず、連絡を取る手段は皆無だった。
「・・・・・・・・・しくったぁ」
途方に暮れてロックオンは深く息を吐く。
一応道沿いの店を覗いてみたが、刹那の姿はどこにもなかった。
おそらくこの人ごみに紛れてしまったのだろう。
刹那がここまで戻ってくるのを待っているべきか探しに行くべきか。
しかし下手に動くとどこかですれ違ってしまう可能性が非常に高い。
こういう時に「公衆電話」という奴があればいいのにとロックオンは思う。
アレルヤとティエリアのいるホテルに連絡すらできやしない。
「どうすっかな・・・」
ホテルまでの道は覚えているはずだから、先にホテルに戻っているだろうか。
それともこの人の流れのどこかにいるのだろうか?
「・・・・・・・仕方ねーか」
行くか、とロックオンはひとつ息を吐いて気合を入れると、人の流れの中に身を投じた。
コードネームとはいえそれが名前である事に変わりはなく、極秘情報のひとつでもある。
世紀の犯罪者はそういうものかね、と軽く流していたが、なるほどこういう時には非常に不便だ。
こんな風に迷子になった仲間を呼ぶ時に、大声では叫べない。
時々小さく呼ぶのが精々だった。
「せーつなー」
視線を左右に彷徨わせながらロックオンはゆっくりと雑踏の中を進んだ。
人の姿を探しているので自然足は止まりがちになり、時々後ろを歩く人が邪魔そうに視線を寄越すが、このままずるずるとただ流されるだけでは、刹那がどこかで外に抜け出ていた時に見つけられない。
「まるで迷子探しだな」
この年になって、十六の奴をこうやって探すとは思わなかった。
苦笑気味な笑みを口元に浮かべて、ロックオンは人ごみの脇の路地や店に目をやる。
黒髪を目に留めれば更に数秒凝視し、違うと分かって再び視線を巡らせた。
最初に刹那と逸れた場所から随分と離れてしまった。
そろそろ人通りもばらついてきていて、大分歩きやすくなってきた。
息苦しさから解放されたように息を吸い込んで、ロックオンは少し乱れた髪をかきあげる。
「・・・一度どっかの店に電話借りるか」
ホテルのアレルヤ達に刹那が戻ってきていないか聞いてみよう。
それで戻っているというのならばそれでいいし、戻っていないようなら申し訳ないがアレルヤにも手伝ってもらうとしよう。
どこか入りやすそうな店は、と探す対象を変えた時、くいと服の袖を引っ張られてロックオンは前に出しかけていた足を慌てて後ろにつく。
腰の辺りを見下ろすと、上着の裾を掴む小さな手があった。
見覚えのある服と手に、ロックオンはその手首を掴んで本体を引き寄せる。
人ごみに揉まれたのか髪は少し乱れていて、顔色も心なしか悪い。
「刹那」
「・・・・・・みつ、けた」
「大丈夫か」
「人に、酔った」
疲れた声音で言う刹那に、それもそうかとロックオンは人ごみから抜け出しつつひとつ頷いた。
あれだけの人だ、平均身長よりも高いロックオンですら辟易していたのだから、平均身長よりも低い刹那ではかなり息苦しかったろう。
刹那の肩を掴んで人込みから庇うようにしながら、ロックオンは細い路地へと入った。
ふぅ、と刹那が肩の力を抜いて壁に寄りかかる。
「探しててくれたのか」
「・・・・・・勝手にいなくなるな」
「悪かった」
少し乱れた髪を撫で付けてやりながら言うと、拗ねたような物言いで返された。
逸れたのは刹那の方だろうにという思考は億尾にも出さずにロックオンは刹那に笑いかける。
「先に戻ったかと思ってたぞ」
「・・・だったらどうして戻らなかった」
「そりゃあ・・・置いて戻るわけにもいかねーよ」
「言っている事が変だ、あんた」
呆れたような顔をする刹那にロックオンは顔を綻ばせる。
その中に少しだけでも照れを見つけ出せたのであれば、今日の気分は上々だ。
逸れた後ホテルに戻らずにきっとロックオンを探していたのであろうという予想は容易にできた。
「無事に刹那と再会できたし、帰るかー」
「買出しは」
「明日行きゃいいさ。疲れただろ」
人ごみはもうごめんだ、と肩を竦めると、同感だとばかり首肯した。
「行くか」
刹那の頭を軽く撫でて路地をでようとすると、左手をぎゅっと温かいもので包まれた。
「刹那?」
「・・・・・・・・・」
握られた手の先の刹那は真直ぐにロックオンを見上げていて、目を瞬かせているロックオンに言った。
「逸れたら困る」
いつもなら不躾なまでに合わせてくる視線を逸らして告げられた普段どおりの言葉に、ロックオンは思わず頬を緩めて、慌てて右手で口元を覆った。
「じゃ、じゃあ、行くか」
「・・・・・・ああ」
左手に軽く力を入れると、しっかりと手応えが返ってきた。
それをどこか気恥ずかしく思いながら、ロックオンと刹那は路地を出て、ゆっくりとホテルへの道を歩き始めた。
***
ホテルまで遠回りして帰りました。