<冷却>
 

 

キーボードを叩いていた手が不意に止まる。
ぶれる視界に数度目を瞬かせ、ティエリアは眼鏡を押し上げて軽く目頭を押さえた。
「ティエリア」
それだけの行動を目敏く捉えた人物から咎めるように名前を呼ばれるが、ティエリアは無視してパネルに視線を戻す。
カタカタタ、と白く長い手で打ち込まれていた文字は、強制的に消されたことで視界から一瞬で消えた。

端末の電源を落とした人物を、ティエリアは眇めた目で見上げる。
剣呑な目を向けられてもアレルヤは全く怯むことなく、ティエリアの手から端末を取り上げて溜息を吐いた。
「根を詰めすぎだよ」
「どれだけやっても足りないくらいだ」
忌々しげにティエリアは呟く。
ソレスタルビーイングが世界に対して宣言をするまであと数日を残すのみとなっていて、ファーストミッションの準備へと移行するまでに頭に叩き込んでおくべき情報は山ほどあった。
今まで十分に待った、できる限りの準備もした。
しかしいざとなってみれば、時間などいくらあっても不足している。

ティエリアの思考を汲み取ってか、アレルヤはもう一度溜息を吐いた。
「だからって・・・少しくらい休憩をした方がいいよ」
アレルヤの言葉に何の返答もせず黙っていると、アレルヤは端末を持ったまま部屋を出て行ってしまった。
視線をあげるとドアはすでに閉じられていて、ティエリアは眼鏡を外して強く目を瞑り、開ける。
ああ、思ったより疲れが目にきているのかもしれない。

ここはアレルヤの部屋で、そこから出て行ってどうするつもりなのか。
大体ティエリアがアレルヤの部屋にいる事自体おかしいのだが、部屋が機材やら何やらで足りないから四人で二部屋を分けてくれと言われればどうしようもなくてティエリアがアレルヤの部屋に入る事になり。
一人の方が気楽だし、このまま戻ってこなくても構わない。

ごろりとベッドに仰向けに横になる。
・・・・・・ああ、端末を持っていかれたままだ。
このまま戻ってこないのなら、アレルヤはどこに行くのだろうか。
ロックオンと刹那の部屋・・・には行かないだろうから、オペレーターの誰かのところにでも行くのだろうか。
元は自分の部屋なんだから、俺の方を追い出せばいいだろうに。
妙に苛立ちながら、ティエリアは目を閉じた。





ひたり、と目元に湿ったものが当てられた。
沈んでいた意識が戻ると共に温感も戻ってきて、それがどうやら湯で温められたタオルだと気付く。
腕を上げると、起きたかいと頭上から声が降ってきた。
「しばらく乗せてるといいよ」
「・・・・・・・」
わざわざそれを取りに行ってたのか。
阿呆らしくなって、ティエリアはタオルを取り除くのをやめて腕から力を抜いた。
「ティエリア?」
「寝る」
「どうぞ」
ベッドを占拠したまま当然のように言い放ったティエリアの耳に、笑いを含んだ声が届く。
すぐ側に気配がある。
一人を好むはずなのに、妙に馴染んだ気配に、そのままティエリアは暗闇の中視界を閉ざした。