<雨に打たれて>

 

 

無言で立ち尽くしていたロックオンは、何かに引っ張られてふと我に返った。
「なんだ、刹那か」
「・・・・・・」
見上げてくる釣り目に微笑んで、いつもの癖で彼の頭を撫でようとして手を引っ込める。
「ん。どうした」
「そっちこそ、どうした」
青い傘越しに見上げてきた彼の質問の意図は明白で、ロックオンは微苦笑する。
確かにこんな雨の中、パイロットスーツのままで立ちつくしているのは奇異に映って仕方が無いだろう。

「雨、懐かしいと思ってな」
「・・・」
「俺は――雨のわりあい降るところで育ったんだ。こんな温かい雨じゃなくて」
もっと突き刺さるほどに冷たく、そして霧のように細かい雨だった。
「宇宙だと、天候は関係ないからな。まあ、ティエリアは不満らしいけど」
笑って、ロックオンはずぶぬれになった髪をかき上げる。
聡い彼には、刹那が左手に携えていた黒い傘が目に入っていた。
「ありがとうな、刹那」
「・・・・・・っ」
何か言いたげだった顔をゆがめると、刹那は傘を渡さず背を向ける。
青い傘に半身が隠れた彼を、ロックオンは追いかけた。
「刹那!」
けれど、何に気分を損ねたのか。
まだ子供の彼は、無言で中に入っていってしまった。










タオルを片手に苦笑して待っていたのは、予想通りアレルヤだった。
受け取ってがしがし髪を乾かすロックオンに、苦吟をにじませた言葉をかける。
「刹那と、なにかあったの?」
「あった、のかなぁ」
「貴方がずっと雨に打たれているから、刹那はずっとここから動けなくてね、じーっとあまりにも見ているものだから、傘を持たせて背中を押したんだけど」
さっき、すごい表情で戻ってきたものだから、と言われてロックオンは髪を拭く手を止めた。
「・・・どんな?」
「怒ってて」
それはいつものことだから、ロックオンはまた髪を拭き始める。
だがアレルヤの次の言葉に、タオルを床に落としたまま走って行った。

「やれやれ、ロックオンは本当に刹那にぞっこんだね」
笑ってタオルを拾い上げたアレルヤに、影に座っていたティエリアが半ば呆れた口調で突っ込む。
「わざとだろう」
「そんなこと無いよ。だけど、刹那がね」
あまりに、痛々しい顔だったから。
「ちょっとぐらい、背中を押してあげないと動かないんだからなあ、二人とも」
しょうがないなあ、と笑ったアレルヤはとんっと背中に柔らかい衝撃を感じて、どうしたの、とくすくす笑った。
「ティエリア?」
「・・・別に」
自分より背の高い相手の腰に腕を回して、ティエリアはこつんと額をアレルヤの筋肉質な背中にあてる。
「僕はただ、あそこに仲良くして欲しいだけだよ。嫉妬なんかしなくても・・・」
「うるさい」
ぎゅ、と腰の辺りを締め上げられて、それでもアレルヤはものともしないのか、くすくすくすと楽しそうに笑った。




―――怒ってて 泣きそうだったよ




「刹那!」
飛び込んだのは、エクシアのコックピット。
やはりそこに、刹那はいた。
「刹那・・・」
「・・・・・・」
膝を抱え込んで座っている彼の表情は見えなかったが、常日頃無口であまり表情を表に出さない彼の感情を読み取るのに長けているロックオンは、そのわずかな体の動きで悟る。
「・・・なんで泣いてるんだよ」
「泣いて・・・ない」
くぐもった声が泣いている証拠なのに。
それでも強がる刹那に、ロックオンはコックピットに滑り込むと、しゃがみこんでいる彼の隣に座った。
「どうした」
「・・・」
「傘、ありがとうな」
「・・・」

「刹那、俺の所為だな――ごめんな」
「だ、って、ックオン、が」
切れ切れに吐き出した言葉を逃すまいと、ロックオンは耳を傾ける。
「――ロックオンが、あんな顔してるの、初めてだった」
「・・・刹那」
だって、と言って刹那は隣のロックオンの肩に掴みかかる。
「俺といたって、あんな顔しないくせにっ。雨に打たれるだけでできるのかっ」
「――・・・刹那」
笑って、ロックオンは刹那の肩を抱き寄せ、腰を抱えた。
「ロックオンっ!」
抗議の声を上げた彼に、思い切り笑った。

「違う、刹那。俺は笑ってるほうがホントは珍しいんだよ」
「・・・嘘だ」
「嘘じゃないって。おっかしいなぁ、ほら、刹那に初めて会ったときは怖い顔してただろう」
覚えてないのかあ? と聞かれ刹那は自分の記憶をたどったが、緊張していたのもあっていろいろ曖昧でよく覚えていなかった。
だから素直に、わからないと返す。

何が楽しいのか、ロックオンはまた笑ってぎゅっと刹那を抱きしめた。
「とにかく、俺は刹那がいるから笑ってる。それでいいだろ」
「・・・・・・・・・ああ」

たぶん、いいんだろう。
言いくるめられた気もしたけれど。


楽しそうに笑うロックオンの声を聞いていたら、そんなのはどうでもよくなった。

 

 

 





***
兄貴はもともとああいう人だと思います。(待
アレルヤ「嘘も方便だよね」
ティエリア「・・・・・・詐欺だ」
だそうです。