「・・・・・・で、食べてしまったのかい」
無言でアレルヤの前に座っていたティエリアは、こくりと首肯した。
「反省は、してるみたいだね」
「・・・している。まさか二つしかないとは思っていなかった」
珍しく気落ちしているらしい様子に口元が緩むのを抑えられず、アレルヤは手を伸ばしてティエリアの頭を撫でた。
「それで、ティエリアはどうするの」
アレルヤとしてはここは妥当に「刹那とフェルトにちゃんと謝る」という選択肢をやんわり見せたつもりだった。
まあ、ロックオンのアップルパイを勝手に食べた罪は重いが、日ごろのティエリアを見るに頭を下げたら上出来だと思う。

だが、ティエリアからはアレルヤの予想斜め上をいく返答があった。
「手伝ってほしい」
「何を?」
「作るのを」
「・・・え? 何を?」
バカみたいに同じ言葉を繰り返したアレルヤだったが、ティエリアはそんなことに気がつく余裕もなかったらしく、乾いた唇を舐めて今度は主語を挟んで言った。

「レモンパイを、作る」
「え!?」


アレルヤが思わず身をのけぞらして叫んだのも、無理はない。





<レモンパイ>





調理場に、とっても似合わない人間が立っていた。
否、アレルヤは気が向けば簡単な料理ぐらいはするものの、ティエリアが問題である。

「・・・」
「ティエリア。伸ばして、折る。そう。・・・で、そろそろオーブンを温めないといけないと思うんだけど・・・」
「やる」
「僕、何かしようか」
「いい」

短く答えてティエリアはオーブンのつまみをセットする。
台の上には今まさに伸ばされ中のパイの生地があった。


ティエリアはレモンパイと簡潔に言い放ったが、彼が用意したレシピを見たアレルヤは青くなった。
それはかなり本格的なレシピで、とても料理初心者(と本人が言った)のティエリアに作れるような代物ではない。
だいたい、料理初心者がどう転ぶとパイ生地から作るなんて思い立つのか。


「あの、ティエリア。ほんっとーにそのレシピでやるつもりかい?」
「ああ」
「やめたほうが、いいと思うよ? それはプロがチャレンジするもので、初心者が作るものじゃないし・・・レモンパイなら僕、好物だからもっと楽な作り方知ってるよ?」
「・・・」

無言でティエリアは作業を続ける。
パイ生地はバターが手などの熱で溶けてしまうのがもっとも作業のしにくい点だが、ティエリアはさっぱりその兆候がない。
・・・相当、手が冷たいらしい。

ぐい、と何層目かになる生地を織り込んで、ティエリアはアレルヤを振り返る。
「これでいいか」
「うん、そろそろいいと思う。もう一度冷やしてから、伸ばそうか」
アレルヤの言葉に頷いて、ティエリアは生地を冷蔵庫の中に入れる。
わずかに待つ間、アレルヤは気になっていたことを聞いてみた。

「ティエリア、この材料、ロックオンからもらったの?」
食材を購入するのはロックオンぐらいである。
アレルヤはそのまま食べれるものぐらいだし、刹那とティエリアが地球で食べ物を購入しているのは見た覚えがない。

しばらく返答を待っていたが無言のティエリアに、アレルヤは回り込むと眼鏡越しに相手の目を覗き込んだ。
「ティエリア」
「・・・出来たら、教える」
ボソとつぶやいたティエリアに、アレルヤはとりあえず折れておいた。






まず、出来上がった生地を伸ばして浮き上がらないように重しをのせ、温めておいたオーブンで焼く。
その間にレモンクリームを作る。
「ティエリア違うっ、そっちは砂糖! 今計るのはコーンスターチ!」
「・・・」
「あ、それも違う! 先に砂糖、薄力粉、コーンスターチで、バターはまだ!」
「・・・」

おぼつかない手つきで鍋に材料を入れていくティエリアを、アレルヤはひやひやしながら見守っていた。
いったい、何をしでかすかわかったものじゃない。
最初は砂糖と薄力粉の量を逆にしていたし。
・・・たしかに、全部白いけど、さあ。

「次は・・・」
端末を覗き込んだティエリアの首根っこを掴んでアレルヤがぐいと後ろに引き戻す。
「危ないよ! 鍋は熱いんだから。次はレモン汁と、レモン皮のすりおろ・・・したのがないよ、ティエリア」
果汁を絞られただけのレモンを見下ろして、ティエリアは鍋から離れるとそれを手に取る。(アレルヤがすぐにスイッチを切ったので鍋の中身は焦げ付かずにすんだ)
「これか・・・」
「ティ、ティエリア気をつけ」

ゲズ

おそらく、レモンの皮よりずっと硬いものをすりおろしたような音を聞いて、アレルヤは血相を変えてティエリアの手を取り上げる。
はたして彼の予想通り、そこには。
「ああ・・・無茶をするんだから」
「たいしたことはない」
「たいしたことあるよ、ほら、血が出てる」
見事に金おろしによってすりおろされたティエリアの指の皮から、ぽたぽた血が落ちていた。
ついでに爪も削れている。
「ここは僕がするから」
「・・・嫌だ」
「嫌じゃない。血のついた指で料理なんてしないよ。あとこれだけなんだから。ティエリアは医務室に言って治療をしてくること」
ね、といつものアレルヤよりずっと強い調子で言われて、ティエリアは一旦頷いたがすぐに首を横に振った。

「おろすのは、頼む。終わるまで医務室には行かない」
「ティエリア」
「舐めていればなおる」
指先を口の中に突っ込んでそういったティエリアの表情をみて、これはどう言っても動くまいと諦めたアレルヤは、ため息をついてレモンをすりおろし始めた。
「わかったけど、納得はしてないからね」
「・・・」

まただんまりになった相手に、ほんとにもうと眉を寄せてアレルヤはメレンゲを手早く泡立てるとオーブンからこんがり焼けたパイ生地を取り出し、レモンクリームをいれる。
「やる」
「ちょっと・・・もう」
メレンゲを飾る時になってティエリアが血が止まった指を見せながら言ってきたので、仕方なしに最後の作業を譲った。

「できた」
ぼそりつぶやいたティエリアに、アレルヤは何か一言言ってやろうと思って。
結局、目を細めて彼の肩を抱き寄せた。
「お疲れ様、すごく美味しそうだね」
「・・・ん」

満足げなティエリアの横顔に、何を言おうとしていたのか忘れてしまった。










目の前に出されたそれに、刹那とフェルトは絶句していた。
ついでにその後ろのロックオンにいたっては、開いた口がふさがっていない。
「これ、ティ、ティエリアが作ったのか!?」
「そうだ」
「・・・・・・・・・あれか、実はホログラムとか」
「ロックオン、ティエリアに失礼ですよ。本当に全部生地からフィリングまで一人で作ったんですから」

絶句していた子供二人は、漂ってくるいい香りに目をきらきらさせ始めている。
ナイフを片手にしたアレルヤが、切るよと声をかけてさくり切り込んだ。
「・・・この間は、悪かった」
「うん」
「うん」
子供二人はこくりと頷いて、目の前に置かれたレモンパイを手で掴むと口に持っていく。
ぱくり、と一口食べてもくもく噛んで、飲み込んだ。

「「・・・」」
二人そろって黙り込む。
表情から、美味しいのかまずいのかよくわからない――とアレルヤが不安になっていると、二人はそろってくるり後ろを振り返って、ロックオンにパイを差し出した。
「ロックオン、食べろ」
「ロックオン、食べてみて」
「じゃあ俺も一切れもらおうかな」
「はい、どうぞ」
アレルヤに差し出された一切れを口にして、ロックオンは固まった。

「・・・美味いじゃん、これ」
「な」
「ね」
ニコリ、と一瞬だけ二人はそろって微笑んで、それからもとの表情に戻るともくもくと食べ続ける。
あっという間に胃の中に収めたロックオンは、指をぺろりと舐めながら意外だな〜とつぶやいた。
「しかもこんな本格派。よくやったなティエリア・・・そしてよく材量があったな」
「あれ、ロックオンが渡したんじゃないんですか?」

首をかしげたアレルヤに、違うぜ? とロックオンも首をかしげる。
「俺ぁてっきりクリスティナあたりから」
「クリスティナ、料理しない」
「しない」
二切れ目に手を伸ばしつつあった子供組に反論されて、ロックオンとアレルヤは顔を見合わせる。


それじゃあ、ティエリアのこの材料は。
どこから?

「あの、ティエリア、材料はどうしたの?」
「・・・・・・秘密だ」
「え」

出来上がったら教えるって言ったのに!
理不尽だなあと困った顔になったアレルヤの手に、ティエリアは切り分けた特大の一切れを押し付けた。
「ほら」
「あ、ありがとう」
礼を言って受け取って、さてこの量は手づかみで食べる量なのかと考えていると横から視線を感じる。
ちらとそちらへ目を走らせると、ティエリアの探るような目と合って。

「・・・食べないのか」
「た、食べるよ」
思い切り口を開けてほおばると、レモンの風味が広がった。
「美味しい・・・美味しいよ、ティエリア」
「そうか」
ならいい、とほのかにティエリアは微笑み。
残りのパイは綺麗に皆で食べた。

 

 

 




***
ティエがどこから材料を持ってきたのか。
推理するのが一興\( ̄▽ ̄)/