<アップルパイ>

 



クルーが任務についている時刻、食事時間には早すぎる食堂で、ロックオンはこっそりと活動を始めていた。
先日刹那とフェルトが作ってくれたアイリッシュシチューの礼としてアップルパイを作っているのだ。
刹那もフェルトも甘いものが好きだし、宇宙で嗜好品はなかなか味わえないからもってこいだろう。
ミッションにかこつけて買出しを済ませ、ロックオンは人気のない食堂でアップルパイ作りに勤しんでいた。

普段は他のクルーにも振る舞うのでこんなこそこそと作業をする必要はないのだが、今回は二人だけに作るので、アップルパイを作ると誰にも言っていないし、ばれるとなんやかんや言われそうなので人目を忍んでの作業である。
ひいきと言うなら言うがいい、今回はシチューの礼なのだから、二人以外にまで作ってしまったら意味がない。
と開き直ったロックオンは練り上げたパイ生地を冷蔵庫に突っ込んだ。
どうせ作るならと、パイ生地から手作りだ。
市販のものを使った方が楽ではあるが、二人に食べてもらうには物足りないではないか。

「テマ! テマ!」
楽しそうに林檎の皮を剥くロックオンの周りをぴこぴこ跳ねながら叫ぶハロにそうだなぁ、と返す。
皮を剥いた林檎を四つ割りにして薄く切り、少し焦がした砂糖とバターを入れた鍋に入れて煮詰まりかけたら取り出し荒熱を取る。
ひとつ摘んで満足そうに頷くと、丁度セットしておいたタイマーが一時間を告げていた。

冷蔵庫の生地の具合を確かめ、氷水を用意すると、ロックオンはよしと気合を入れて生地を取り出した。
有事の際に指が悴んで標準がつけられないなどという事を避けるために日頃から指先が冷えないよう心がけているが、パイ生地作りに関しては話は別だ。
手が温かいとあっという間にバターが溶けてしまうので、氷水で定期的に手を冷やさないとうまく生地が折れない。
「つーめーてー」
ざっと冷やしてさくさく生地を馴れた手付きで折りこんでいく。

生地を伸ばして、並べておいた小さめの型に生地を貼り付けていく。
今回は刹那とフェルトに一つずつ、一人用のアップルパイを焼くつもりで用意したものだ。
「おし、上出来」
「ジョウデキジョウデキ!!」
「ハロ、今何時だ?」
「ジュウ、ヨンゴ、ジュウ、ヨンゴ」
「もうすぐ十一時か・・・」
帯に切った生地をかけながら焼き上がりまでの時間を考える。
今から焼けば、パイの荒熱が取れる頃にフェルトが休憩になるはずだ。
その時間に刹那に迎えにいってもらうか、とロックオンはオーブンにパイを入れてスイッチを押した。





訓練を終えて食事を摂りにきたティエリアは、机の上に置いてあるアップルパイを見つけて首をかしげた。
オーブンはまだ稼動中で、新しいものを焼いているようだった。
「またロックオンか」
通常食ならともかく、こういった嗜好品を作るのはロックオンだけだ。
焼きたてのパイの香ばしさと林檎の甘酸っぱい匂い、ほのかなシナモンの風味が部屋に漂っていて、思わずティエリアは喉を鳴らした。

基本的に食事に対して無頓着なティエリアだが、こう見えてというべきか顔に似合ってというべきか、比較的甘いものは好みだった。
そして今はそこそこ空腹であって、目の前には焼きたてのアップルパイ。
「・・・ロックオンは、いないのか?」
調理室を覗いても誰もいない。
どこに行ったのやら、ともう一度視線をアップルパイに戻す。
どうせ後で皆に配るつもりで作っているのなら先に失敬しても問題ないだろう。
そう結論づけて、ティエリアは生地にナイフを入れた。





「おう、楽しみにして・・・・・・・ってティエリ、ア!?」
ドアが開いて戻ってきたロックオンが、パイを齧っているティエリアを見てひっくり返ったような声をあげた。
普段なら多少先に食べようが気にも留めないのに今回に限って過剰な反応をするロックオンに、何事だと首を軽く傾げると、ロックオンの後ろに立っていた刹那とフェルトが普段は無表情な顔に感情を乗せて立っていた。
瞬時に自分が何か失態を犯したらしいと察する。
大抵の事では表に感情を出さない二人だが、見て分かるほどにしょげていた。
「ティエリアお前・・・それ、アップルパイ、だよなぁ?」
「・・・・・・ああ」
明らかに「やってしまった」というような顔で尋ねてくるロックオンに、ぎこちなく頷く。
その時チン、とオーブンがタイミングよく鳴り、ロックオンは慌ててそちらに向かった。

食べかけのアップルパイを持ったままのティエリアに近づいてきた刹那とフェルトは、どこか恨みがましげな瞳を向けてくる。
「ティエリア、食べた」
「・・・これのことか?」
「それはロックオンが作ったものだ」
「それは分かっている」
「ロックオンが、私と刹那とために作ってくれたのに・・・私の分だったのに」
ふにゃり、とフェルトの言葉尻が歪む。
「ティエリア、トッタ、トッタ!」
足元でけたたましく騒ぐハロに言われるまでもなく、ティエリアは自分の失態の内容を理解し、心中でしまったと呟く。
どうやらこの小さなアップルパイはフェルトのために焼いたもので、自分はそれを横取りした・・・結果になったらしい。
普段作るような大きなものではなく、一人用の大きさで作られていた事で気付くべきだったのか。
しかしそれだけでそこまで察しろというのは無理がある。

泣き出しそうなフェルトに声をあげたのは、ティエリアではなくロックオンだった。
「あー、フェルト泣くな! まだもう一個あるから!」
できたてのパイを机の上に置いて言う彼の言葉に、フェルトは頭を振る。
「それは刹那の分」
「半分やる」
刹那の言葉にフェルトはぱちぱちと瞬きする。
次いでこくりと頷いたフェルトに頷き返して、刹那は席に座るとまだ湯気がほんわり立っているそれを半分に切り分けて、フェルトに譲ってやった。
「ロックオン、食べていい?」
「・・・本当は荒熱取れてからの方が美味いんだけど、なぁ」
じっと見上げてくる二人の視線に苦笑しつつ、どうぞめしあがれ、とロックオンが告げる。
「この間のシチューのお礼だ。また作ってくれな」
「ああ」
「うん」
まだ熱いそれを頬張りながら頷く二人を微笑ましく見るロックオンに、ティエリアが小声で尋ねた。
「・・・ロックオン」
「あー・・・まぁ気にするな」
この間こいつらが俺に料理作ってくれたから、お礼に焼いたんだよ。
だから二人分しかなかったんだ、と付け足してから、ロックオンは肩を竦めた。
「食べるなって書置きしないでその場を離れた俺も悪い。食べちまったもんはしょーがねーよ」
「・・・・・・・」
半分ずつになったパイを食べている二人にちらりと視線をやり、手元に残ったパイを見て、ティエリアは気まずげに目を伏せた。