<睡眠導入剤>
背後で動く気配にアレルヤは目を開ける。
暗い中目を閉じていたものの意識ははっきりしていたので、視覚が遮断されていた分聴覚が
過敏になっていて、シーツの僅かに擦れる音もよく聞こえた。
アレルヤを起こさないよう気を遣っているのか動きは最小限ではあるものの、ある程度の間を
空けて繰り返される動作は動きの主が寝つけていない事を示していた。
眠れないのだろうか、とアレルヤは目の前の壁を見つめながら思う。
ミッション前に興奮して眠れない事はあらかじめ可能性のひとつとして予測されていたことだし
、それが初ミッションといえば尚更の事だった。
当然のようにアレルヤは眠れず、体だけでも休めようと目を閉じていたのだが、部屋の反対
側にいる彼も寝付けないのかと思うと、不謹慎と思いつつ親近感を覚えた。
アレルヤが寝返りを打って部屋の反対端に視線を向けると、案の定起きていたらしいティエリ
アとちょうど視線が合う。
それほど広くはない部屋で暗闇に慣れた目では細かい表情は分からずともそれくらいは分か
った。
にこりと笑うと、ティエリアは気まずそうに視線を逸らした。
控えめな、しかしはっきりとした声が届く。
「・・・起こしたか?」
「いいや、寝付けなくてね」
「そうか」
普段なら体調管理もできないのかと言われそうなところだったが、そう言われないところを見る
とやはりティエリアも寝付けなかったのかもしれない。
ソレスタルビーイングが世界に存在を知らしめるまであと24時間を切った。
これからどうなるのか未確定要素が多い今、緊張と不安がない交ぜになった精神状態ではと
てもじゃないけれど眠れなかった。
とはいえ面と向かって訊けば、ティエリアの事だからきっと否定するのだろうけれど、普段完璧
なまでに全てをこなしてしまう彼も緊張しているのだと思うとどことなく安心した。
「ティエリア、そっちに行っても?」
「なぜ」
「一人だと寝られそうになくて」
「・・・好きにすればいい」
しばらくの沈黙の後返された声に呆れた含みは篭もっていなかった。
ありがとう、と自分の毛布を持ってティエリアの隣にすべりこむ。
お世話にも広いとはいえないベットに男二人が寝るとなると狭く、少し動けば触れるくらいの近
さにティエリアがいる。
無言で隅に寄ってくれるティエリアに感謝しつつ毛布を被ると、徐に手を掴まれた。
ひやりとした温度が触れる指を通して伝わってくる。
こんなに冷たかったら寝られるわけがない。
「ティエリア、寒いの?」
「・・・お前の手が熱いだけだ」
「そうかな」
そうだ、と無表情に頷いて、アレルヤの手を掴んでいるのと反対の手で毛布を顔の半分が隠
れるまでに引き上げる。
「ティエリアやっぱり寒いんじゃない? 毛布もう一枚いる?」
「寒くない」
「じゃあこうしようか」
よいしょ、と毛布ごとティエリアを引き寄せる。
決して体格が悪いわけではないがそれでもアレルヤの腕に収まったティエリアは、何事かと目
を白黒させた。
「こうしてたら温かくなってそのうち眠れるよね」
「・・・・・・眠れないのは君の方だろう」
「うん、僕もこうしてた方が温かいな」
「・・・・・・好きに、しろ」
握られたままだった手は離されなかった。
繋がれた手が大分温かくなってきたころ、返ってくる声が途切れがちになってきた。
これなら少し眠れそうかな、とアレルヤ自身ぼやけてきた頭で思う。
「ティエリア」
「・・・・・・・ん」
寝ぼけた声で返されて、これは静かにしていた方がいいなとアレルヤは目の前にある濃紫の
髪に鼻先を触れさせて囁いた。
「おやすみティエリア」
それだけでどことなく幸せな気分になれた自分を自覚しながら、アレルヤも目蓋を閉じた。
***
ティエリアにしてみればアレルヤの行動が非常に紛らわしいと思われる。