※アニメ第6話より


<素直にならない>

 


朝は嫌いだ。

体がだるいし。思考が晴れない。

「おーい、ティエリア。朝よー」
愉快に響いた声に、眉をしかめる。
・・・朝からうるさい。
「ティエリアーティエリちゃーん、ティーエリー♪」
「・・・いい加減にしてくれ」
だんだん愉快犯になっていくスメラギに叫び返して、ティエリアは布団を頭からかぶった。
「なんなんだ・・・」
「朝」
「・・・・・・」

簡潔に言い切られても、ティエリアは布団にもぐったままでてこない。
蓑虫状態の彼が何を待っているかは明白で、スメラギはため息をついた。
「私じゃ役不足なのはわかりますケド、アレルヤが独房に入ってるんだから仕方ないでしょう」
「・・・」
「ちなみに、私もさっき起きたところで、今は世間一般的には、昼」
「!?」
その言葉に布団を跳ね上げ、ティエリアは起き上がる。
「嘘だっ」
「ほ・ん・と。美人がそろって寝坊ね」
酒瓶片手に説得力皆無の台詞をホザいたスメラギをたたき出し、ティエリアは急いで私服に腕を通すと、あわてて廊下へと飛び出す。
ちょうどやってきたクルーと正面衝突しそうになりながらも、謝罪もせず、とにかくひたすらに独房を目指した。

「・・・アレルヤ・ハプティズム」
「その声は――ティエリア? どうしたの」
「・・・っ」
ドア越しに呼びかけると、いつもと同じのんきな声が返ってくる。
アレルヤが独房に入って、四日目だった。

「今日は少し、遅かったね。寝坊でもしたのかな」
「・・・誰の、せいだと」
「そうだね――ごめんね」
あっさりと謝られて、余計に腹がたった。

「どうして、助けたんだ」
ガンダムマイスターとしては、世間に正体を知られる危険は冒さないほうがいい。
人助けは、ミッションじゃない。
「うーん、どうしてだろうね・・・ただ、僕は――僕の過去の幻影を、見捨てられなかっただけなのかもしれない・・・」

呟いたアレルヤは失言に気がついて口を閉じた。
ティエリアはアレルヤの過去について詳しいことは何も知らない。
アレルヤも話したことはないし――聞かれたこともない。

案の定、気配はあるのにダンマリになったティエリアに、ため息をつく羽目になる。
(やれやれ・・・君のせいだからね、ハレルヤ)
一人ごちて、扉の前まで行くと軽くノックをした。
「ティエリア」
「・・・・・・」
「――今はまだ、話す勇気がないけれど。いつか話す時がきたら、君に必ず話すから」

ね、ともう一度声をかけてみると、コン、と軽い音がする。
扉の向こう側で彼がどんな顔をしているのか、アレルヤにはわからない。
ただ、「ガンダムマイスターである」事を大事にしているティエリアは、ここの営倉の扉の解除コードを知っていても、アレルヤが逃げ出さないとわかっていても、開けることができない。

かわりに昼夜問わず、この人気のない営倉前の廊下に来て、ずっと扉の前に座り込んでいるのだ。
端末をいじる音もたまに聞こえるが、たいていは何もせず座っているだけのようだ。

「ティエリア、朝ごはんを食べておいで」
寝坊して、ろくに朝食も取っていない彼を心配してそう言えば、やはり無言だけが返される。
「ティエリ――」

「死んだかもしれない」
「そうだね」
意味がわかっているのか、ときつく返されて、アレルヤは扉に背を預けると膝を抱える。
「もちろんわかっているよ」
「どうして」

「・・・どうしてだろう、ね」

呟いた言葉に、返答はなく。
気配が消えて、アレルヤは彼が立ち去ったのを知った。











やわらかい電子音と共に、コードが解除される。
姿を現したのは、予想外にもティエリアだった。

一週間ぶりに見た本人の姿に、ティエリアはさまざまな感情がない交ぜになってほんのわずかだが硬直した。
けれどアレルヤは、少し疲れたような、でも同じ笑顔で挨拶をしてきた。
「やあ・・・独房入りは終わりかい?」
その声に、なんとか調子を取り戻す。
「その様子だと、とても反省しているようには思えないな」
「そうだね」
表情を変えない彼に、少し苛立った。

どれだけ勝手に事を起こして。
勝手にこっちを心配させて。

「アレルヤ・ハプティズム。君はガンダムマイスターにふさわしくない」
わざととげとげしい声で言ってみれば、逆に彼は笑った。
「キュリオスからおろす気かい」
「そうだ・・・といいたいところだが、そういうわけにもいかなくなった」

任務がある。
だから、アレルヤの営倉入りは解除する。
そうスメラギに言われて、ティエリアは正直なところ、ほとんど純粋に喜んだ。

もともと十日の予定だった処置だ。
多少早まっても、さほど問題はないというスメラギの判断だった。

「二人とも、直ちに出撃準備に取り掛かって」
「「了解」」

スメラギが忙しそうに出て行った後、アレルヤはティエリアを背後から抱きしめる。
「ティエリア」
「・・・・・・」
「会いたかったよ」
「・・・っ」

肩を震わせたが、振りほどこうとしない彼をもっと抱き寄せて、アレルヤは違和感に気がつく。
抱きしめている彼の背中が、わずかに汗で湿っていた。
艦内の気候は良好に設定され、通常に生活するぶんには汗をかいたりはしない。
「ティエリア・・・?」
首をかしげたアレルヤの腕を振り払って、ティエリアはダッと床をけり思い切り前に進む。
しかしその腕をとっさに掴んで、アレルヤは彼をとどめることに成功した。

「ティエリア――もしかして」
「準備をするぞ」
顔をこちらに向けずに言った彼に、事情が読めてアレルヤは微笑むと引き寄せた。
無重力の状態では、それはいとも容易い。
「スメラギさんから話を聞いて、急いで来てくれたのかな」
「・・・」
振り向いたティエリアは、眼鏡越しに上目で睨む。
その表情が図星だと告げていて、アレルヤは微笑んだ。
「ありがとう、僕も会いたかったよ」

紫のかかった髪を撫でて、アレルヤは床を蹴って営倉の外へと出て行く。
ティエリアは一拍おいて、その後を追った。


 

 

 



***
うん、ティエリア、素直にならない。