『……なんだ、これは?』
それは、ほんの時間潰しとして浅いレベルのデータをさらっているところだった。
一般のものに紛れていて見落としそうなそれがティエリアの思考に引っかかったのは、そのファイルの作成者の名前がよく知った者の名前だったからだ。

「ロックオン=ストラトス」の名前で保存されていたデータファイルを引っ張り出してティエリアはしばし考え込む。
まさかこんな、ちょっとした技術を持つ人間であればあっさりと入り込めてしまうような浅いところにCBの情報を入れておくはずがない――もしやっていたとしたら墓に向けて二三発撃つくらいの事はしなければならない。
とすれば彼の私的なものだったのだろう。
彼が死んだ今となっては、ティエリアが見つけなければやがて情報の渦に埋もれてしまっていたであろうそれを、果たして見ていいものかどうか。
数字八桁のパスワードなどティエリアにとっては児童パズルに等しい。
中を見るかどうかを考えながらも、ほぼ反射的にパスワードの正答を弾き出した。
ランダムに見えた数字はこれまたティエリアの記憶を刺激するもので、ティエリアは中を見ずにそのデータごと意識を浮上させた。





<Memorial Date Vol.xxx>





「これがそのデータ?」
フェルトが興味深そうに端末を覗き込む。
画面にはただ「CB-MD」と文字が浮き出ているだけだ。
「これがヴェーダの上層にあったと?」
「ああ。作成者はロックオン=ストラトス。保存元は彼の使用していた端末だった。間違いなく彼の作成したデータファイルだろう」
ティエリアからの答えに、どうしようねとフェルトは隣に座っている刹那を見た。
刹那は文字の意味が気になっているのか、じっと文字を見つめている。
たぶん、刹那もフェルトと同じ気持ちなのだろう。
「これ、見ちゃってもいいのかな……」
「本人がもういないんだ。構わないだろう」
本人の了承が取れない以上、本来は見てはいけないのだろう。
けれど見たい。とても気になる。
今はもういない彼の痕跡だ、彼の残したものを知りたい。

無表情のまま悩む刹那と、困ったように悩むフェルトに、ティエリアは口を開いた。
「そう言うと思ったから代理人を用意した」
「……おい待てそれで俺が呼ばれたってのかよ」
「ロックオンストラトス二号、一号の残したデータファイルを開け」
「誰が二号かΣ( ̄□ ̄|||)」
呼びつけられたライルが喚くが、ティエリアはかけらも気にした様子はない。
刹那とフェルトの前から端末を取り上げてライルに投げ渡す。
「危ねぇよ! 投げんな!!」
「貴様の兄の残した負の遺産だ。責任持って始末しろ」
「負の遺産!? 兄さん何残したんだよ!!」
「パスワードは04071228。刹那とフェルトの誕生日だ。この時点で中身は予想できるだろう」
「…………」
刹那は微妙な表情を浮かべ、フェルトは目を瞬かせ、ライルはなんともいえない表情をした。

「……とりあえず、開くわ」
投げ遣りにパスワードを打ち込んでライルはファイルを呼び出した。
呼び出して、しばらく画面を見つめたライルは、無言で端末をティエリアに差し出す。
覗き込んだティエリアはそのまま刹那とフェルトに端末を流した。

「あっ」
「……これは」
「ほぼ僕の予想通りだったな」
満足そうにティエリアが言うが、二人はほとんど聞いていないようなものだった。
ただスライドのように次々と出てくる写真を食い入るように見つめている。
「CB-MD。つまりは Celestial Being Memorial Dateの略なのだろう。あの呆れた男はふざけたファイル名でせっせとこんなものを撮り溜めていたわけだ」
「……兄さん、この組織でいったい何をやってたんだ」
「主に子守だ」
「…………」
ここ武装組織ですよね? 何度も聞いてるけど武装組織なんですよね?
ライルの視線を無視して、ティエリアはやや離れたところから画面の写真に視線をやった。

ほとんど盗撮だろう、というティエリアの印象にふさわしく、ほとんどの写真は隠し撮りよろしく視線が向けられていない。
ところどころカメラ目線のものはぎこちない表情であったり固いものがほとんどであるから、ニールの判断は間違ってはいなかったのか……いなかったのか?
次々に移り変わる写真は、大多数が刹那とフェルトのものだけれど、アレルヤだったりティエリアだったりも時折混じっている。
「これ、たぶんハロの視線で撮ってたんじゃないかな?」
「そうだな。少なくともロックオンが撮影していた記憶はほとんどない」
「……懐かしいね」
五年前の刹那とフェルトはまだ身長もほとんど変わらなくて、表情がないところもそっくりで、こうして一緒に行動していると本当に双子みたいだったと思う。

本当にどれだけ撮っていたのか、見るだけで数時間かかりそうなそれを一時中断して、フェルトと刹那は立ったままのティエリアとライルを振り返った。
「ねぇ、このファイルもらってもいい?」
「……俺はもらってくれと言われてもほしくないから好きにしてくれ」
「元々君達に渡すつもりで撮影していたのだろうから問題はないだろう」
「どうしてわかる」
「パスワードが二人の誕生日だからな。君達のために撮っていたんだろう」
「ロックオン……」
「いや、しんみりするのはいいんだけど、明らかに盗撮してる兄貴は犯罪者だと思う」
「実兄の罪を暴露してやるな」
「…………」
楽しげに写真を眺める二人は一向に気にしていないようだったので、ライルももう気にしない方向でいく事にした。
今度墓参りに行った時は墓に二三発蹴りを入れてこようと思う。





***
後日談の撮影会が本命だったが、ニールの犯罪者臭さを露呈させるだけだと思った。