<あらぬ誤解>


「スメラギ=李=ノリエガ」
「なぁに? 刹那……フェルトまで。そんな神妙な顔してどうしたの二人とも」
自主休憩中のところにやってきた年少二人組に、スメラギは頬を赤らめつつ答える。
照れの類ではなくて、飲酒によるものだ。

「もしかして、二人ともお酒飲みたいの?」
水の代わりに酒の入っているボトルをふりふりスメラギは陽気に問う。
この近くにクリスティナやロックオンがいれば即座に「なに未成年に酒勧めてんだあんたは!」とスメラギ自身に禁酒令が出そうな言葉である。
しかし今、食堂にいるのはスメラギと刹那とフェルト。
「だめですよスメラギさん。未成年にお酒勧めたら」
――そして夕食当番のアレルヤだけだった。

やんわりと窘めるアレルヤに「冗談よう」と笑うスメラギの腕をフェルトが軽く引く。
視線を戻せば刹那がいささかきつい目つきで睨んでいた。
どうやら真剣な質問をしようとしたところを茶化されて機嫌を損ねたらしい。
こんなところが子供っぽいわよねえと流してスメラギは軽く酒を味わう。

さて、この二人がこんなに真剣に私に聞いてくる事ってなにかしら?





フェルトと刹那はいまいちふんぎりがつかないようだったが、スメラギが小さなボトルを飲み干す前に、意を決して口を開いた。
「スメラギさん、正直に教えてほしいの」
「ロックオンと交際しているというのは本当か」
「ぶほぁっ!!」
「ス、スメラギさん!!」
飲み込みかけていた酒があらぬところに入ってスメラギはごほごほとむせた。
上半身を折って激しく咳き込むスメラギに、アレルヤが慌てて駆け寄ってその背をさすってくれる。

しばらく部屋の中にスメラギの咳音だけが響き、なんとか治まったところでスメラギはようやく上半身を起こした。
「……げほっ……あ、ありがと……アレルヤ」
「大丈夫ですか」
「……あんまり大丈夫じゃないわねえ」
酸欠で頭がくらくらする。喉もひりひりする。
けれど今はそれどころではないと、スメラギは酒と酸素不足でやや鈍った脳をフル回転させ始めた。

目の前では子供が二人、スメラギからの回答をじっと待っていた。
先程死ぬほど咽せる原因となった質問に、返さなければ。
このままにはできない、断固として。

「……あんたたち、どっからそんなガセネタ拾ってきたの」
「フェルトがイアンにロックオンの女性の好みについて聞いたんだ」
「ロックオン、年上で甘やかしてくれるような女の人がいいんだって……あ、あと……胸が大きい方がいいって……」
後半やや顔を赤らめながら言って、フェルトは刹那の後ろに引っ込む。
そこから回答を待つように見てくる二対の視線を受けて、スメラギは眩暈を覚えた。
イアン、とりあえず後で締める。

あの親父は何も考えずにフェルトに話したのだろう。
ロックオンが刹那とフェルトをそれはもう犯罪者ばりに溺愛しているのは傍から見ている人間には丸分かりだ。
しかし、当の二人はその自覚がやや乏しい。
自分達が子供だからあの世話好きが構っていると思っているに違いない。いや間違っていないとは言わないが。
……だが、あと四年経っても同じ状態が続いていると断言してもいい。戦術予報士の名にかけても。


確かにスメラギは二十六でロックオンは二十四だ。
認めたくないがスメラギの方が年上ではある。胸にも自信はある。
だが、今となってはイアンの持っているその好みの情報が正しいかすら怪しい。
今聞いたら可愛くて守ってあげたくなるような子とか言うんじゃないだろうか。
……あるいは「刹那とフェルト」とど真ん中を言ってくるか。

昔はそんなんでもなかったのにねえと遠い日々を感慨深く思い返しつつ、スメラギは二人に向き直った。
とにかく、恐ろしい誤解の芽は早い内につんでおかなければならない。

「それはないわ。ガンダムに誓ってね!」
「……そうか」
「……そう、なの?」
わざわざ「ガンダム」を引き合いに出したのがよかったのか、刹那とフェルトはスメラギの言葉を信じる方向に傾いている。
そのまま流れるようにスメラギはまくしたてた。
「あんな甲斐性のない男は願い下げよ。私の好みはね、私を甘やかしてくれて好きなだけお酒を飲ませてくれる人なの!」
「スメラギさん、今でもけっこう飲んでませんか……?」
小さく突っ込んできたアレルヤの足を踏んづけて、スメラギはにっこりと笑った。

「……そうか。不躾な質問をして悪かった」
「ごめんなさい」
「気にしなくっていいわよー。可愛い質問だったわ」
というか聞いてもらえずにそのまま他の人に話された日には、ロックオンを地球に半永久単独任務に送る事になっていたかもしれない。

確かにロックオンはスメラギのタイプではある。
年下なのかいかんともしがたいが、あれはたぶん甘やかしてくれるタイプだ。
ミッション中だからといって恋愛を禁止する気もない。
が、ロックオンが刹那とフェルトにめろめろなところをスメラギは日常的に見ているわけで、ついでにスメラギ自身酒を飲むなだのなんだのと口うるさく言われているわけで。
恋愛どうこうになる前に、まるで母親のように思えてしまうのだ。
それに。



(三人で楽しそうにしている光景に水を差して壊したくはないのよねー。数少ない癒し空間だもの)

ほっとしたように顔を見合わせて、そろって食堂を出て行く二人を見送って、スメラギはほう、と頬に手を当てて息を吐いた。
「まったく……私にまでヤキモチ妬くなんてね」
「可愛いじゃないですか」
「可愛いんだけど、その相手がロックオンだと思うとむかつくのよねー」
「二人とも、ロックオンのこと大好きですから」
「むう。どうやったら私にもあんなに懐いてくれるかしら」
「懐くって動物じゃないんだから……でも、まずはお酒飲むのやめるところから始めないとだめじゃないですか?」
「…………」
アレルヤに指摘されて、スメラギは自棄気味にぐいっとボトルの中身を煽った。





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でも消去法的にニルスメがいつか必要になる時がくるかもしれない(何)