<ふたたびならんで、>
刹那とティエリアが素体を手に入れて戻ってきたのは、エルスとの対話から一年あまりが経過してからだった。
CBは損失もさることながら、イオリア計画の元であった「きたるべき対話」をむかえたことでその役割をほとんど終え、大幅に活動を縮小していた。
目覚めた時に彼らが集まっていたのはティエリアから目覚めの時刻を教えられていたからで、刹那のためだけに集まっていたらしい。
それだけ刹那が目覚めるのを心待ちにしていたのだと口々に言われれば、刹那ももうティエリアを責める事などできなくなってしまう。
「おかえりなさい、刹那」
スメラギが刹那を抱きしめて涙声で告げた。
「刹那、お疲れ様」
アレルヤが笑顔で刹那の手を握った。
「よく頑張ったな」
ラッセが乱暴に刹那の頭を撫でた。
「よ、久しぶり」
ライルが大袈裟に刹那の背中を叩いた。
「セイエイさん、ご無事でよかったですぅ」
ミレイナは刹那の手を取ってくるくると回った。
「皆さん、それくらいにしてあげてください」
くすくすと笑ってマリーが刹那の肩を叩いて、部屋の外を指で示した。
「二つ隣の部屋にいますよ」
「…………」
マリーの言葉にちらりと刹那はスメラギ達を見て、特に何も言わずにたったか部屋を出ていってしまった。
ドアが閉まると同時に、残った全員から苦笑混じりの声があがり、
マリーが仕方がないというように肩を竦める。
「皆さん、わかっててやってるんですから」
「だってねえ?」
「そわそわしてる刹那なんて滅多にお目にかかれねぇんだぜ?」
「気付いていてやってるなんて酷いですよ皆」
「そういうアレルヤだって」
久しぶりの邂逅は皆も同じで、懐かしさに浸りながら
全員で笑っていると、ティエリアが入ってきた。
室内を軽く見回して、ほとんど予想していたのだろう、溜息を吐いて腰に手を当てる。
「二人ほど足りないが……まあい「ティエリアさーん!!」
途端に表情を喜色に変えてティエリアに飛びついたミレイナと、ぎょっとしたティエリアに、全員が爆笑したのは言うまでもない。
「あれ、刹那」
入ってきた刹那に、フェルトは手を止めて振り返った。
机の上には人数分のカップと、小さなガラス製のポットが置かれていて、片方にはすでに紅茶が入っていた。
もう片方に黒い液体を注ぐフェルトの背中を見つめながら刹那はしばらく考えあぐねて、ゆっくりと口を開く。
「さっきは、すまなかった」
「え……あ、う、ううん。私こそ、返事があるまで待ってればよかったの」
早口で答えたフェルトはコーヒーのポットに蓋をして俯いてしまう。
お互いが次の言葉を捜して、何も考えつかずに沈黙だけが続いていく。
フェルトとの無言の空間にこんなに困る事など今まで一度もなかった。
それこそ数時間お互い一言も喋らずに一緒にいた事だってあって、その時にも息苦しさなんて微塵も感じた事はなかったのに、今はなぜこんなに緊張しているのか。
フェルトと二人でいた時に緊張なんてした事あったろうか。
焦れば焦るほど言葉は出てこなくて、沈黙に限界を迎えそうになったところで、天の助けか電子のチャイムが鳴って、ドアが開いた。
入ってきたマリーは微妙な距離を開いている二人を見てくすりと笑って、テーブルの上のトレイを持ち上げる。
「フェルト、お茶もらってくわね。二人で積もる話もあるでしょ?」
「で、でも……皆だって」
「時間ならいくらでもあるもの。私達はミレイナとティエリアで楽しんでるから、後でゆっくりきてね」
楽しそうにウインクしたマリーは颯爽と部屋を出て行ってしまう。
「「…………」」
刹那とフェルトはしばし顔を見合わせて、どちらからともなく笑みを浮かべた。
その途端にぎこちなかった空気が溶けて懐かしい雰囲気が戻ってくる。
「刹那、なにが飲みたい?」
「……あまいもの」
「ココアでいい?」
「ああ」
了解、とフェルトは小鍋を取り出して牛乳を温め始める。
沈黙が再びやってくるが、今度は重さを感じなかった。
刹那はフェルトの後姿をしばらく見てから、部屋の壁一面から見られる宇宙に視線を移した。
そこには、青い星は損なわれずに存在して、エルスで象られたという花が地球と並ぶように咲いている。
綺麗だ、と素直に感じる。
ソファに座り、地球と花を眺めていたら、いつの間にかフェルトが隣に立っていた。
「はい、刹那」
「ありがとう」
ココアを受け取ると、フェルトは刹那の隣に腰掛けた。
体を傾ければお互いの体が触れるくらいの距離はあの頃と同じだ。
「この一年、なにをしていた?」
刹那の問いに、フェルトはひとつひとつ思い出すようにゆっくりとこの一年あまりの出来事を刹那に教えた。
エルスとの対話の後、イノベイターの存在が明るみに出て、世界は大きく動き出した。
CBについても世界的犯罪組織という名称は取り払われ、今では民間映画などの効果もあって半ば正義の秘密組織という認識に傾いてすらいるらしい。
それでもプトレマイオスに乗っていた者達は、連絡は取り合っているものの、今はそれぞれ違う道を進んでいる。
「アレルヤとマリーさんは旅を続けてて、ロックオン……もうライルなんだけど……はふつうに社会人するんだって。ラッセは今もCBで働いてるわ。スメラギさんは昔の知り合いのツテで、軍の情報関係にいるんですって」
「フェルトは?」
「私はまだイアンさんの所に居候してるんだけど、仕事にも慣れたしそろそろ一人暮らししようかなって。いつまでもお世話になりっぱなしじゃいけないしね」
「仕事?」
「情報関係の仕事。やっぱり一番得意なのはこれだから」
「そうか」
自分のいない間も時間は当たり前だけれど流れていて、近況を聞くとそれがより引き立った気がした。
カップを揺らして揺れる面を見つめていると、フェルトの方から尋ねてきた。
「刹那は、これからしたいこと、ある?」
「……わからない」
しばらく考えて、刹那は首を横に振った。
刹那の時間はあの瞬間で止まっていた。
あの時確かに自分の生きる意味を見つけて、そこに全てがあると思った。
けれど刹那はまたここで、新しい道の前に立っている。
新しい一歩を踏み出す事がどこか恐ろしいようで、どこに向かえばいいのか分からずに立ち止まっている。
「わからないが……しばらく、地球に降りてみようと思う」
「ずっと刹那は頑張ってたもの、ゆっくり休んで」
「そうする。その間、俺もイアンのところにいてもいいだろうか」
「イアンさんにお願いしてみよっか」
にこりと笑うフェルトの笑顔に刹那も小さく笑みを返す。
一瞬、その笑みが記憶にあるものと違うように見えて刹那は首を傾げたが、違和感は一瞬だけだったから、それ以上深くは考えなかった。
***
二つ隣の部屋ではめくるめくティエリアとミレイナの愛の攻防戦が以下略。