<断髪式>
「ほんとにやっちゃうの?」
「やっちゃうの」
「……つまんない」
唇をとがらせて呟くフェルトの指先は、くるくるとニールの巻き毛をからめとってはほどいていく。
「いや、それは俺のセリフだからね」
「え?」
「だってフェルトばっさり切っちゃっただろ? 俺の楽しみがひとつ減ったわけですよ」
「…………」
何その反論、とやや不満そうなフェルトの髪はばっさりと耳の下のあたりで切られている。
一人で地球に降りた時にばっさりと髪を短くしてきたフェルトにクルー全員が驚かされたのは記憶に新しい。
任務から戻ってきたニールは出迎えてくれたフェルトの肩口に揺れる髪がないのを見て思わず叫んだ。
その時は隣にいた刹那に「煩い声が響く」と辛辣なお言葉をいただいた。
もちろんフェルトに似合っていないわけではない。
どこで切ったのかは知らないが、フェルトに似合うようにきちんと考えられて切られている。さすがプロ。
なによりフェルトが自分で一人で美容室に行ったというところに成長を感じるというものだ。
ようやくふんぎりがついたのか、霧吹きでニールの髪を濡らし始めたフェルトが言う。
「でも、切って失敗したなぁって思う時もあるよ?」
「たとえば?」
「寝癖がついた時、直すのが大変」
「横着だなぁ!」
「だって前は縛っちゃえばよかったんだもの!」
あははは、と大声で笑うと、顔を赤くしてフェルトが反論する。
たしかにそれは大変かもしれない。
ニールほどではないが、フェルトも癖毛だ。
「首筋がすーすーして風邪ひきそう、とかね」
「なるほど」
くつくつとこらえきれずに笑っていると、ばさりと髪よけのシートを直された。
きゅっと首がしまって怖かったので笑いを引っ込める。
「どれくらい切るの?」
「ばっさりと」
「……美容室の方が綺麗に切ってくれるよ?」
「いいんだよ、そんな金ねーし」
「嘘」
「別に気にしねーって。女の子と違って男は最悪刈り上げにしりゃいいんだから」
「……ふーん」
「わざとはやんなよ?」
一応釘を刺しておくと、フェルトは「はぁい」と可愛らしい返事をしてしゃきしゃきとはさみを鳴らした。
しゃきん、しゃきん、と金音がする度に、足元やシートに茶色いものが落ちていく。
音がゆっくりなのは慎重に切っているからなのだろう。
話しかけて集中を乱すのは申し訳ないと黙ってじっとしていると、フェルトの方から話しかけてきた。
「昔、こうやって刹那の髪切ってたよね」
「あー……そうだったな」
「うらやましかったの覚えてる」
「そういやそんなこと言ってたような……?」
「女の子だからだめって言われた」
「失敗した時の責任とれねーもん。それに、刹那は不可抗力ってやつだよ」
当時刹那は人見知りが激しくて(それは今もあまり変わっていない気もするが)、他人に背後に立たれる事すら嫌っていた。
ましてやはさみとはいえ刃物を持った相手に無防備に首筋を晒すような事をとてもじゃないが許容してくれなかったのだ。
それでもなんとか宥めすかして、ようやく切らせてくれたのがニールだった。
「でもなんであんなこと言ってたんだ? 俺、そこまでうまくねぇよ?」
「それでもいいから切ってほしかったの。だって、その間は刹那はニールをひとりじめできるもんだもん」
「……同じこと、刹那も言ってたなぁ」
「え?」
「俺がフェルトの髪を縛ってる時」
「……似たもの同士、ね」
「まったくだ」
止まっていたはさみが再び動きだして、またひとつ、茶色の巻き毛が落ちる。
「あのね、ニール」
「ん?」
「私、次の誕生日に、刹那に告白しようと思うの」
「ぶはっ!」
思わずつんのめったニールの後ろでフェルトがあ、と小さく叫んだ。
「動いちゃだめ!」
「すみません……って、そんな事を言い出すフェルトに原因があるような……」
「はい、おしまい」
声と同時に振り向くと、フェルトはにこやかな笑みで笑っていた。
「……女の子が髪を切るのは失恋した時って相場は決まってるもんなんだがねぇ」
「いいの」
「刹那は大変だぜ?」
「わかってる。でも髪も切ったから、頑張るの」
「……そか、頑張れ」
「うん、頑張る」
髪を切ったのはフェルトなりの決意の証だったというわけだ。
笑っているフェルトの顔はすっきりしていて、決意したのはそれだけではなさそうだったが、とにかく応援はしようとニールも笑った。
さて、自分も髪を切った事だし、これを機会に弟れでもしてみようか。
***
できるわけがないとスメラギに鼻で笑い飛ばされるに違いない。
ニールの「○○離れ」はクルー→弟→刹那とフェルトですが、弟あたりで確実に詰む。