<今日は空が青いから>
それは、久しぶりの地球だった。
人が足りない現状では地球に降りるだけの休みなどそうそうあるわけもなく、今日も任務の合間にできたちょっとした休みだった。
一人だけの地球での任務。一日だけの休日。
そんな事もあまりに珍しくて、フェルトはどう過ごせばいいか分からなかった。
分からなかったけれど、ホテルの窓から見えた空が綺麗だったから、外へ出た。
都会から離れた地域だからか、それほど人の多くない通りを、時折ウィンドウに飾られた雑貨や服に足を止めながらゆっくりと歩く。
宇宙にいる皆に何か買って帰ろうか。
ミレイナは最近「大人へ脱皮するのですぅ!」と意気込んでいるし、本当にずいぶんと大人っぽくなったから、香水とか綺麗な髪留めがいいかもしれない。
スメラギは……やっぱりお酒だろうか?
最近はもうほとんど飲んでいないけれど、時々手持ち無沙汰そうにしているから……紅茶とかのがいいだろうか。
考えながら、こんな風に人通りの中を歩けるなんてと少し笑う。
昔だったら早く人混みから離れたいと思って下を向いて早足で通り過ぎるだけだった場所。
そこをこんな風に楽しい気分で歩けるようになったのは、自分が変わったからだろうか。
……変われたから、だろうか。
ふと、ガラスに写った自分の姿を見てフェルトは伸びた前髪を指で軽くひっぱる。
普段は横に流してしまっているから気にしなかったが、こうして見ると少し伸びすぎたかもしれない。
いつものように戻ったらニールに切ってもらおうか。
けど最近、ニールも単独任務であちこちを飛び回っているから忙しそうだ。
いっそ自分で切ってしまおうか……。
「……あ」
数件向こうに小さな美容室の看板を見つけてフェルトは顔をあげた。
「そっか……美容室」
知らない人に髪を切ってもらうなんてと思って行った事がなかったけれど、思い切って行ってみようか。
少し緊張しながら美容室に入ると、椅子がふたつしかないこじんまりとしたその店の店主らしき年配の女性がにこやかな笑みを浮かべてフェルトを迎えた。
「いらっしゃいませ」
「あ、あの……髪を切っていただきたいんですけど……」
美容室に来たのに他に何があるのかと言って自分で思ったけれど、店主は笑顔で頷いてフェルトをシャンプー台の前の椅子へと案内する。
軽く髪を洗われて、今度は大きな鏡の前へ連れて行かれた。
水を吸ってぺしゃんとなった髪を梳かしながら、店主はフェルトに尋ねる。
「どんな風に切りましょうか?」
「え、えっと……」
いつものように、と言っても当然伝わらないだろうし……整えてもらえばいいかな……でもだいぶ伸びてるし……。
どう説明したらいいのかと困っているフェルトを決めかねていると思ったのか、笑顔を崩さないまま店主は言った。
「そうですねぇ……お嬢さんだと長いのも可愛くて似合ってましたけど、短くしても大人びて見えていいかもしれませんね」
「そ、そうですか……?」
「顔のラインがすっきりしますし、お手入れも楽ですよ」
「……あ、でも、私すぐに髪の毛がぶわってなっちゃって……」
「でしたら上の方はあまり切らないでおきましょうか。そしたら上の髪が押さえてくれますから」
「…………」
「でもこれだけもう一度伸ばすのは時間がかかりますし、決めかねちゃいますよねぇ。今回はそろえるだけにしましょうか?」
「……いえ、お願いします」
小さく深呼吸してフェルトは言った。
空が綺麗で、一人で外を歩けるようになって、美容室に入って。
きっかけと呼ぶには些細な事だけれど、だからこそ、髪を切ってもいいかと思った。
鏡に映っている自分の表情は自分で見てもがちがちに緊張していたけれど、店主はただにこやかに頷いただけだった。
戻ってきたフェルトを迎えた面々は目を丸くした。
「フェルトさん、髪の毛がないですぅ!」
「ばっさりいったわねぇ……」
「なにかあったのか……?」
「……髪の毛切っただけでそこまで深刻に聞かれても……」
襟足に指を当てながら、真顔で聞いてくる刹那にフェルトは苦笑いする。
すーすーしてなんだか落ち着かない。
「えっと……そんなに似合ってない……?」
「いや……」
「いいえ! すっごく似合ってますぅ!!」
「そうね。大人っぽくなった感じがするわ」
ふむ、と顎に指を当てて、スメラギがにやりと笑う。
「でもどういう心境の変化? 失恋でもしたの?」
「なっ……」
「スメラギ。なぜ髪を切ると失恋になるんだ?」
「知らないの刹那。女の子はね、失恋した時は、その恋を忘れるために髪を切るのよー」
「そうなのか……」
「違います! 髪の毛切ったら失恋になるんだったら、ずっと切れないじゃないですか!」
「ってことは、フェルトさんは今も絶賛恋愛中ってことですかぁ?」
「ミレイナ! 揚げ足取らないで!!」
顔を真っ赤にしたフェルトから逃げる素振りを見せてミレイナは笑う。
「…………」
「もう……刹那、どうしたの?」
「いや……ニールが帰ってきたら煩いだろうな、と……」
「……あ」
フェルトの髪を弄るのを楽しみのひとつにしているとしか思えないニールが、フェルトがざっくり髪を切ったなんて知ったらどんな反応を見せる事やら。
後日談。
その刹那の憂慮は見事に的中し、単独任務から戻ってきたニールはショートになったフェルトの髪を見て絶叫した。
***
髪に癖のある人にとってショートは諸刃の剣なのです。