※劇場版のネタバレです。


<Flower>





「…………」

目を開けて、ソランは放心する。
指先でつかめそうだった、大切な人、もの、過去。
それが全部すり抜けて、残っているのは――なんだろう

――お前は変わるんだ、変われなかった俺のかわりに

それを言ったのは、大切な人。
その一言に背中を押されて決意した、はずなのだけど。
何を決めたのか、ぼんやりとしている。


「刹那!!」


濡れた声で叫ばれて、焦点を合わせた。
すぐに温かい腕が抱きついてきて、ピンクの髪がふわりと頬をくすぐる。
思わず体を動かして彼女の背中に手を回す。
「刹那っ……よかった!」
よかった、と繰り返した彼女の涙が漂っている空間を見て、「泣いていたのか」と思って、ぼんやりとしていた思考が晴れた。

ふわふわと漂うピンクの髪を見ながら、刹那は彼女を抱きしめている手に力をこめる。
「フェルト」
「刹那、大丈夫? 痛いところは、ない?」
くぐもった声で聞いてきたフェルトを抱きしめたまま、刹那は少し体を起こす。
ふわりと起き上がった自分の体が動くことはわかっていたので、反対側の腕でもしっかりと彼女を抱きしめた。

「花が見えた……」
「黄色の花?」
「まだあれの礼を、していなかった」
「いいの」
「返事も、していない」
「……いいの」

首を振った彼女を強く、抱きしめる。
「フェルト」
「刹那?」
「ニールに、言われた。俺は生きている、と」
「……ニールが」
その人は二人の中では大きすぎるぐらい大きい人で、親で、兄で、師で。
だからフェルトは刹那の言葉を全力で受け止めようとする。
「だから俺は――俺のやるべき事をする」
「うん」
「たとえ死のうとも」
「せつな……」

フェルト、と名前を呼んで刹那は彼女から体を離した。
間近で覗き込んだ目は潤んでいる。
その頬を指でなぞって、何も考えずに顔を近づけた。

「フェルト」
「……っ」
少し赤らめたフェルトの頬を撫でて、刹那は彼女を引き寄せると額をあわせる。
「俺はわかりあいたい。平和のために」
「しって、る」
「守るために。フェルトを、CBを、地球を、人類を、平和を」
「うん……うん」

拭ったのにまたぼろぼろと零れだしたフェルトの涙は空に浮き、刹那はもう一度軽くフェルトの唇に口付ける。
「未来を守りたい」
「刹那……」
「勝手に死んだニールを、俺は恨んだ。けれどもそれが必要なら、俺は」
「……っ」
震えたフェルトは、きっと一つの言葉を必死に飲み込んでいるのだと思う。
それを言ってはいけないと、堪えているのだろう。

戻ってくると、生きて戻ると、刹那はフェルトに言えない。
命を天秤にかけなくてはいけないのなら、かけなくてはいけない。
対話をするために、命をかけなくてはいけない。


「大丈夫、きっと、伝わる」
だいじょうぶ、と繰り返したフェルトはそっと刹那の髪の間に指を入れる。
「ああ、伝わる。フェルトの思いが、俺に伝わったように」
目を瞬かせたフェルトに、刹那はしっかりと頷いた。
「伝わった。だから俺は決めた」
「……うん、伝わる。信じてる」
「だからフェルトは――俺を想っていてくれ。思うことで伝わると、俺の自信になるように」
「それが、刹那の力になる?」
「ああ。俺は対話を成功させる。必ず」
「……うん」

大きいね、とフェルトが小さく笑った。
すまない、と刹那は小声で謝った。
それから二人は身体を離して、廊下に出る戸口でもう一度見つめあった。


「――ラストミッションに出る。フェルト=グレイス、補佐を頼む」
「全力で補佐します、刹那=F=セイエイ――全力で、あなたを想ってる」
「ああ」

まだ眦に残っていた彼女の涙を拭おうと思ったが、もう時間がないことに気付いて、刹那は廊下を移動しだす。

「……刹那」
分かれ道で小声で名前を呼ばれて、刹那は移動を止める。
「なんだ」
「いってらっしゃい」
「ああ、いってくる」


返し様にちらりと振り向くと、もうフェルトの姿はなかった。
今すぐに追いかけて、別の行動をしたいと思う自分の心もあったけれど、対話をしなくてはという心が勝る。
「……フェルト」
けれども、刹那の行動で人類の未来は――あるいは、変わる。
このままでは、フェルトも、CBも、地球も、人類も。

「俺は、変われただろうか、ロックオン」
また彼女を泣かせてしまうだけかもしれないのだけど。
今度も一人で、泣かせてしまうだけなのかもしれないけれど。
「俺は、平和を……その足がかりに、なれるだろうか」

彼女にも平和の世界で生きていてほしいから。
そのために必要ならば、この力を、全部、使おう。









『アーデさんが大好きです!』
響いた館内放送に刹那は無重力なのにおもわずつんのめりそうになる。
「あらあら〜、素敵な彼氏ができたわねえ」
のほほんと反応したリンダの反応に刹那はくすりと笑った。
ミレイアがティエリアにやたら構っているのは知っていたが、そこに恋愛感情があったというのはたぶんティエリア自身も想像もしていなかっただろう。
「笑う所じゃない!」
叫んだイアンにも笑いそうになって、刹那はコックピットに滑り込む。

「いいのか」
『君こそ、いいのか』
浮き上がったホログラムは憮然とした顔で言い放ち、刹那はパネルを操作しながら出撃体制を整えていく。
『今までのどのミッションより、君の生命の保障はされない』
「知ってる」
『いいのか』
「俺は対話をしたい。守るために、生きていてもらうために」
了解した、と返してティエリアは消える。
一時的なものでどうせ後から出てくるのだろうが、ここは空気を読んでくれたのか。


機体を出撃スタンバイ状況にして、刹那はスクリーンをつける。
『っ』
画面に大きく映っているのはもちろん彼女だ。
目を見開いたフェルトは、すぐに口許を結んで弧を作る。
彼女の強い眼差しに刹那は少し目を細めた。
それから出撃のためのお決まりの言葉を告げる。


見たい表情は見れたから。
想ってくれている彼女と、人々の未来を得るために。

それが俺の生きている証――俺が切り開く、未来。




「ガンダムクアンタ、刹那=F=セイエイ、出る!!」






***
刹那←フェルトは最初からバッチリでしたが、ちっとも刹那からの矢印が返らず、フェルトの「大きいから。あの人の愛は大きすぎるから。私はあの人を思うだけでいいの」台詞で「完全に諦めたのか……orz」となり、EDF後の刹那のあの顛末に絶望的だった刹フェルでしたが。

ちょっと二週目みたら刹那が抱きしめ返してたし。
フェルトは妙にそういえば落ち着いていたし。
なんかアレ「恋をあきらめた女」じゃないんじゃない?

もしかしてあの空白の時間になにか……(・◇・)

という幻想の産物でした。
刹那はフェルトを好きだけど、それでも人類の平和を得るために対話に向かう、自分の命をかける覚悟で、だからこそフェルトのあの台詞!
というフォローもできなく……できなくもない、か?

「あの人」=マリナかと思ったんだけど、あの状況でマリナの名前を出しようもないしなぁ……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






咲き誇った花がスクリーンに大きく映された。
唖然としている一同の中で、フェルトは目頭を押さえた。


ねえ、これを見ている皆、花の意味を知っている?
あれは刹那の希望、未来、想い。


そしてきっと、私への返事。


ずっと想っている、あなたが望んだ世界で――想っているわ。