<いちどはさよなら、>





目が覚めたのは治療用のカプセルに似たものだった。
薬品臭い、けれど消毒薬とはまた違う匂いのついた水をふり切るように頭を振ると、カプセルの上部が開いて外に出る事ができた。

「起きたか、刹那」
「……ティエリア?」
刹那の前に立っているのはティエリアだった。
おそらく刹那のカプセルを操作して開けたのはティエリアなのだろう。
彼も出たばかりなのか、髪は水気を含んでしっとりとしている。
そして、記憶にあった彼はホログラムだったはずだが、今の彼は刹那と同じ頭身をした生身だ。

「対話はどうなった」
「今も継続中だ」
「……どういうことだ」
「感謝こそされ、僕は君に睨まれるようなことはしていないつもりだが」
しらっと言い切るティエリアに、刹那は眦を吊り上げた。

刹那は、遙か彼方にあるエルスの母星に向けて飛び立ったはずだった。
人類の未来のためにとかいう大層な思想があったわけではない。
それが自分の生きる意味だと思ったから、もう二度と自分の見知った人々と会えなくなる可能性が高いとしても、それでいいと思っていた。

そこで記憶は途絶えている。
しかし今、ティエリアと刹那はヴェーダの中でもなく、お互い肉体を持って立っている。
しかも対話はまだ続いているという。刹那はここにいるというのに!


「君の意識データのバックアップをとっていた。それを素体につっこんだ。それだけだ」
「バ……ックアップ?」
「君は、ワープが本当に完全に成功すると思っていたのか? たとえ一分の可能性であっても失敗した場合、彼らとの対話はいったい誰が行うんだ。あるいは近い未来、人間の準備が整わない間ににほかの生命体が現れたら? 現段階では意識レベルでの対話を可能としているのは、イノベイターである君しかいないんだ。君が失われるということはそのまま人類の未来の喪失だ。だからワープをする直前に君の意識のコピーを取っておいた」
「…………」
さらっとなんの悪びれもなしに言ってくれるが、つまりティエリアは刹那の意識を勝手にコピーした上に、頼んでもいないのに素体にその意識をぶちこんだというわけか。
「誰もそんなこと」
「頼んでないと言われても、僕は「本当にいいのか」と聞いたはずだ」
「――っ!!」
いや、あそこであのセリフは普通「もう二度と戻れないがいいのか」的な発言だろう!?

ぎょっとした刹那に「冗談だ」とティエリアは何が冗談なのか分からない答えを返して、続けた。
「あそこで二度と戻れなかったとして、君は満足かもしれないが。一人で勝手に決めて勝手に行動して勝手に消えるなどとそんなどこかの男のようなバカな行為をなぞって消えた君をフェルトはどう思っているだろうな」
「…………」
ティエリアの言葉に何も返せなくて、刹那は無理矢理に話題を変えた。
「ではここにいる俺はなんだ? コピーだとでもいうのか?」
「……どちらがコピーでオリジナルというのかはどうでもいい話だが、どちらかといえば君がオリジナルとなるだろう。コピーをあまり重ねるのは得策ではない」
「…………」
今も宇宙のどこかでは、自分ではない自分が対話を続けているのかと思うと微妙な気分だ。
ティエリアは刹那を置き去りにしてさらに続ける。
「対話については断続的に僕の枝を通してヴェーダに送られてくる。ファーストコンタクトは成功したらしい。安心しろ」
「……ああ」
少し息を吐いて、刹那は自分の掌を見た。
「素体については君のDNAを元にして作った。以前の君となにひとつ変わらないはずだ」



「そうか……ところで」
「なんだ」
「ティエリア、以前より身長が伸びていないか」
「あれから一年近く経っているからな。そのあいだの伸びを計算してある」
「俺はどうなる」
「君はもう二十二だったろう。成長などとまっている」
「だとしたら、お前だって伸びているとはかぎらないだろう」
ティエリアをわずかに見上げる形になる刹那はそれが気に入らないようで、ティリアの優越感を刺激する。
鼻で笑ってティエリアはデータ端末を呼び出した。
「これはヴェーダに登録されていた計画当初のメンバーだ。僕のオリジナルはこの男性だ。周りの人間の身長などを元に計算すると、この程度は伸びてしかるべきなんだ。成長分岐についての計算を加味すればもう少し伸びる」
「俺だって」
「君は人種としてはもう少し考慮できなくもないが、ここ数年の伸びの状況や幼少からの食生活などを考えると、それ以上は無理だな」
「くっ……」
理不尽だ。理不尽だけど完璧に理詰めで言われてしまえば、それ以上は難癖をつけるわけにもいかず、刹那は腕を組んで勝ち誇ったような顔をしているティエリアを歯噛みしながら睨みつけた。

「……あの」
かぼそい声に二人の視線が入り口に向かう。
そこには目尻をうっすらと赤くしたフェルトが立っていた。
彼女の視線はやや斜め下を向いていて、刹那の方を見ようとはしない。
ティエリアに指摘された事が頭を過ぎって、刹那は名前を呼びかけていた口を閉じた。

フェルトは視線を逸らしたまま、手に持っていた袋を床において早口で言った。
「あの……皆待ってるから、その……早く服着てきてね!」
真っ赤になってばたばたと部屋を出ていったフェルトと入れ違いにロックオンが入ってきて、二人の姿を見て呆れた顔をした。
「おまえら、乙女の前で素っ裸でいつまでも話してんじゃないよ」
「…………」
「…………」
そういえばカプセルから出てそのままだった。
すっかり髪も乾いていて、刹那は溜息を吐くと、袋から服を取り出した。





 

 

 



***
映画補完シリーズその1。
前半シリアスだったけれども本命は後半の身長ネタである。あとオチ。