からからと襖を開けて幸村は少しばかり後悔をした。
相変わらず死神を背負っているような、否、乗り移っているような仏頂面の男が黒衣でそこに座っている。
幸村は彼が苦手だ。嫌いなのではないが、あの深い黒い目で睨まれると何だか自分が小さくなってしまった気がするのだ。

「何時までそこに突っ立ってる気だ、真田」
静かな声で言われて、幸村はこっそりと畳の上に正座する。
部屋はいつものように片付いてはいた。ただ書があまりにも多いのでそこらここらに溢れかえっている。いつかあの人は書に埋もれて死ぬんですよと細君が笑ったのも理解できるというものだ。
「ほら見ろ、真田はてめぇみたいに余計なことぎゃんぎゃんいわねぇ」
「旦那は注意力がないだけだよ」
か弱い声で反論したのは、先ほどから黒衣の死神に睨みつけられていた、貧相な小説家だった。

貧相と言うのはあたっていないかもしれないが、彼は華奢だ。
古本屋と神主と拝み屋なんて意味不明の兼業をしている死神よりよほど色が白いし細い。
幸村自身は刑事だから体格がいいのは当然としても、万年欝病なんだか躁病なんだかわからない小説家は、本人曰く三流の物書きは、兎に角華奢だ。
これで本当に戦争に行っていたのかといつも疑問だ。
そんなことを思いながら視線を死神から遠ざけていると、ふと部屋の端に転がっているものに気がついた。
「……のう、あれは何か」
「ほうら、旦那も気がついた」
してやったりといわんばかりの小説家の声に、死神が舌打ちする。

それはたぶん、壺だった。
幸村は余り骨董品に学などないからそうとしか思えぬ。
「それは壺だ」
ご丁寧に死神は教えてくれた。
「見れば判るよ。何の壺さ。アンタは書が専門でしょ、なんで壺があるのさ」
「説明をしたらとっとと帰れよ」
男はため息をついた。
幸村はぼうとその横顔を、その瞬間を眺める。


死神が片倉小十郎になった。


幸村にとって片倉小十郎とは書痴で、つまり変人だ。
刑事と古本屋だから、だけなのかもしれないが根本的に違う人間だ。
幸村から見れば小説家も、猿飛佐助も片倉小十郎と同じ種類じゃないかと思う。

理解できない。
理解りたくもない。
二人は陰と陽なら多分陰なのだ。

――違うか。

陰なのは自身か。
同じ穴の狢か。
案外猿飛佐助なんかは――欝だとかなんだとかぐちぐち言って赤貧な生活をして、事件に巻き込まれては逮捕されてまたぐちぐちと文句を言って――るけれど陽なのか。

「真田、なにを考え込んでるんだ?」
唐突に自分に話題が振られて幸村は瞠目する。
「珍しいね旦那が静かなのなんて」
からかってくる佐助に煩いと言おうと思った。
「まったくだ。なにかあったか」
力になってやらねぇこともねぇぞと言われて、幸村は唸る。



ここに足を運んだのは小十郎の協力を得るためだ。
彼は書痴ではあるけれど、妙なことを知っている。
妖怪とか、ちみもうりょう、とか。幸村には理解できることばかりだ。

「まさか、てめぇまで連続溺死事件じゃねぇだろうな」
核心を突かれて幸村は黙る。黙るしかなかった。
それがどうしたと言い返したら十倍になって返ってくる。
そうなったらもう誰も小十郎を止められない。佐助は最初から戦力外だ。
「それならお断りだ、といいたいところだが」
袖から出した右手で小十郎は顎をさする。
「旦那、ついてるよ」
佐助が何だか嬉しそうに笑う。彼はいつも表情が同じだが。
「どうやら今回はとっくに巻き込まれているらしいんだ」
俺が頑張るまでもなかったなあ、と佐助が軽口を叩くと、何を言ってんだ阿呆と小十郎が彼を睨む。
判ってるなら巻き込まれるな、テメェはそれでもいい年の大人か、大体毎回俺がどれだけ。

流れるような小十郎の文句を聞き流しながら、幸村は足を勝手に崩した。
ここに来てこれだけ立っても細君が御茶を持ってくる様子はないのだから、遠慮する相手もいないというものだ。
「真田」
誰が他人になっていいといった、と小十郎は振り返る。
しかめっ面だ。
死神だ。



がらしゃん、と乱暴に襖が開いた。


「Hey, いるな小十郎!」
「……何をしに」
きたんですか、と小十郎が言う前に現れた人物がずかずかと部屋に入ってくる。
じっと小十郎を見つめて。そぅかなるほどそりゃぁ面白いとか勝手に言っている。
それから佐助の方を見て――それは一寸だったのだけど――相変わらずだなぁお前は、と莫迦にしたみたいに笑った。
みたいではないか。実際、莫迦にしているのだろう。
ひどいなあ伊達の旦那、と佐助はうんざりした声を出す。

「Foolにfoolと言ってなにが悪い。そうだ小十郎、カメは見つかったのかカメ」
「政宗様、カメではなく壺です。見つけたのではなく押し付けられました」
「Not big deal. カメはあるんだな!」
くるりと振り向いた彼は部屋の隅においてあった壺をじっと見つめる。
それから肩をすくめた。
「たぶんこれだ」
「判ってますよ」
「趣味が悪いな」
子供みたいに繰り返す彼に、たまらなくなったのか佐助が突っ込む。
「あのね、壺の趣味なんてどうでもいいでしょうが」
「良くない。俺はdetectiveだ。探偵だ。探偵が悪いといえば悪い!」
振り返って宣言した探偵の顔は輝いている。
その整いすぎてなんだか怖いような麗人の視線が、くるりと動いて幸村に向けられた。


探偵は伊達政宗と言う。
伊達財閥の次男で、彼は「探偵」だ。
「……なにを見てきた? 幸村」
首を傾げられて、幸村はようやくそれで政宗が顔を近くに寄せてきていることに気がつく。
「あ、あの、ま、政宗、ど」
「Sush. ……なんだ? 青いな。あとredだ。趣味も悪い」
幸村の顔を覗き込む政宗は、幸村を見ているようで見ていない。


伊達政宗は、人の記憶が見える。

何度も目の前でその威力を目の当たりにしてきた幸村はいい加減信じている。

元々右目の視力は余りなかったらしいが、戦争で閃光弾にやられて本格的に失明ぎみになったらしい。
そしてそれで彼の元々の素質は増してしまった、というのが小十郎の意見だ。


だから今、政宗は幸村の記憶を覗いているのだ。
そんなことは判っているのだけど。
「その辺にしておいてやってください政宗様」
溜息交じりの小十郎の制止に、煩い命令するんじゃねぇと政宗は怒る。
「……真田、逃げたいなら逃げたほうがいいぜ」
忠告はありがたかったが、幸村は逃げようにも逃げられなかった。

ほんのすぐ先に、目と鼻の先に恐ろしく整った政宗の顔があるのである。
さらさらと伸ばされた長髪が鼻にかかるんじゃないかと思った。
真っ直ぐに結ばれた少し薄い唇も、唇から整っている。
「ばか幸村」
綺麗な唇が開いてそういった。いきなり莫迦だ。
「ばかか。一人でなんでもやろうとするな」
「……某は」
違う、といおうとした。
幸村は刑事だから組織の仕事をする、だが幸村は組織とそりが合わぬ。
だからこうやって一人で調べることもある。それだけだ。

犯人に腹が立つ、捕まえたい、そう思うからこその衝動だ。
それで犯人が捕まれば文句ない。現に今までにも何度か。
「お前は探偵じゃないんだから無理だ。Impossibleだ。ばかめ」
いつもは長めの前髪に隠されている右目だけが色を違えて露だった。
その顔がもっと近づく。鼻が、触れる。

「眠い」

吐息がわかるほど近くで政宗はそういった。
「ばかを心配したので寝る。膝枕しろ、ばか」
唐突な言葉に幸村が何か返す前に、政宗はどさりと幸村の胡坐の上に倒れこむ。
足と足の間に、つまるところ股に頭を置いて手はがっちり腰に回されていた。
「あ、あ、あ、あの、ま、ま、ままままま」
位置が良くない。体勢も良くない。
色々良くない。捜査に走り回って五日も真っ当に休んでないのだ。


「俺達は蕎麦でも食べに行きますか」
視線をわざとらしいほど逸らした佐助がそう言うと、部屋の主は仏頂面にさらに皺を刻んでこう言った。
「てめぇが二人まとめて蹴りだせ」
それはちょっとね、と佐助が首を横に振る。
それで小十郎の眉間にはますます皺が刻まれて、おかげで幸村は少し冷静になった。


こうこうと寝息を立てている政宗の綺麗な髪をそっと梳く。
腰に回された腕は離れる様子がなくて、ついでに自分も寝てしまおうかと幸村は微笑みながら思った。


 

 

 

 

 



***

ほのぼの?でサナダテサナ。
京極堂シリーズから設定拝借。
微妙にハマっているようでズれているので違和感が凄い。

中禅寺→小十郎 問答無用。
関口→佐助。消去法。
榎木津→政宗。他に誰がやれると。
木場→幸村。これも割合適当。

この四人がつるんでいるのが好きです。
なんだかんだで一蓮托生なのに萌える。