ガチャリと玄関が開いた音がする。
上半身を起こそうとした俺の首に、熱い腕が絡みついてくる。
「まさむね、どの」
熱い吐息を唇で封じ込むと、案外あっけなく腕は解けた。
「ここにいろよ」
「兄上、は」
「夕食に手ぇつけてねぇからな。佐助に何か言われる前に下へ降りといた方が賢いだろ」

そう言いながら下着を履いてTシャツを着る。
シャワー浴びてすぐに寝ちまったとか言えばいいか。
……まあ、気がつかれたら素直に話すとして。
「佐助と……小十郎殿に話すのでござるか」
鋭い幸村の言葉に、聞かれたらなと軽く返すと、それはなりませぬと首を横に振られた。
「それでは某も」

「マサー? 寝ちゃってるー?」

佐助の声が聞こえる。
やばい、すぐにあいつは階段を上がってくるはずだ。
「いいからここにいろ幸村」
「兄上……」
「Good boy」
汗に濡れた前髪をかきあげて、額にそっとキスをするととろけるような笑みで目を閉じる。
キス一つで色々誤魔化した俺は、さっさと階段を降りた。
今起きたかのように欠伸を一つ。

「Welcome home. 悪ぃ、シャワー浴びた後寝てたわ」
「ユキはお風呂入った?」
てきぱきと俺の夕食を温めなおす佐助に聞かれて、俺はわざとらしく首を傾げる。
「……さあ、でも音は聞こえてねぇ気がする」
「まったくもう。小十郎さん、お風呂先にする? それともちょっとゆっくりしてる?」
ソファーに座ってネクタイを緩めていた小十郎は、平素の顔で答える。
「先に幸村を入れてやれ」
「ありがと。じゃあマサ、ユキに早くお風呂入りなさいって言って」
「Oh...了解」
踵を返してリビングを立ち去ろうとした俺の背中に、小十郎の低い声が突き刺さった。


「政宗様」
「な……なんだ」
「首」
簡潔に言われて俺は引きつった笑顔を見せる。
「な、何の話だ小十郎」
振り返ると涼しげな双眸を細めた小十郎が、なんだか愉しげに言いやがった。
「肌の色に合わせたコンシーラーを明日買ってきますので、明日いっぱいは佐助のものをお使いください。ああ、幸村には俺の物の方が色が合うかもしれませんね」
「………………」

無言で背中を向け、ダッシュで洗面所へと駆け込む。
鏡に映っても異常はない、と思いながらちょっと身体を傾けると。
「………………shit」
赤々と咲いた華は、間違いなく幸村につけられたものだった。
そう思ってから、もっとやばい位置に自分がつけてた気がする。
…………後悔先に立たずとはよく言ったものだな……

佐助は気がついたのか、気がつかなかったのか。
いや、佐助に背中は見せていないから気がつかれてはいない……はずだ。



とにかく幸村をシャワーで綺麗にしてしまおう。
あと汚れたシーツは俺が家事をやるとか言い張って洗って干してしまおう。
それからこの跡は


…………両親の部屋の引き出しからコンシーラーを引っ張ってくるしかあるまい。










結論を言うと、特に何かが変わったわけではなかった。
どうやら何も堪え切れなかった幸村が早速翌日の朝食時に白状ってしまい、小十郎はいっそ呆れた面持ちになり、佐助は笑っただけだった。

兄弟とはいえど血のつながりは無いわけで、同性とはいえどそれは生産性がないだけで。
それこそ俺達が言えた義理じゃないしねえ、と佐助の主張はそれだけだった。
小十郎は、俺に頭を下げた。

佐助と結婚していなければ兄弟ではなかったのにと。
そんなことを思われていた事の方が俺はショックだったわけだが。
――そうでもなきゃ幸村とは会ってねぇかもしれねぇんだ、文句の欠片もない。





ただ少しだけ変わった事と言えば。

「いってらっしゃいでござる!」
「はいはい、戸締りちゃんとしておいてね。あと昼食は取るんだよ」
「わかってるっつーの。早く行かねぇとtoo lateになるぜ?」
ばたばたと佐助が玄関を出て行く。
今日は小十郎と二人で映画館デートだそうだ。
一つ屋根にいるくせに、もう十年以上結婚しているくせに、未だに佐助は何着ようかと迷うのを繰り返す。その思考回路はいまひとつわからねぇ。

とにかく、扉が閉まる。
幸村がさっさと歩み出て鍵をかけた。


これで、ふたりきりだ。


「政宗殿……」
振り返り様に呟いた幸村の声にぞくりとする。
これで十六とか言うんだから対外こいつは反則だ。
「Okay, 幸村」
数歩歩み寄って、手を伸ばすと十分届く距離までになる。
自分から手を伸ばしてきた幸村の腕をつかんで引き寄せた。

「Party といこうじゃねぇか」
「今日は何をするのです」
「とりあえず風呂からはじめるか」
「は、破廉恥ですな……」
頬を染めた幸村に、俺は意地悪く笑ってやる。
そこから先はもっと破廉恥になるぜ? と言ってやれば、耳まで真っ赤にした弟は。


さて、なんと言ったやら。



 

 

 

 


***

何が禁断の恋なのか。
葛藤がねえ。


でも葛藤が無い兄弟愛も好きです(酷