<包容の香>
ばったりと床に寝転んで、二人はぜいぜいと肩で息を続ける。
「Hey...niceなbattleだったぜ幸村」
「政宗殿こそ、また腕を上げられましたな」
言ってることは威勢がいいのだが、間にぜいぜいという息継ぎが入っている。
くったり体の位置を変えた幸村は、未だ天井を見上げている政宗をじっと見つめる。
見えているのは彼の顔の右半分で、だから彼から幸村は見えない。
「お久しぶりでございますな」
「Ah――そうか?」
「三月と十七日ぶりでございます」
「……そうだったか」
「はい」
覚えていなかったのかと詰ることはしない。
指折り数えている幸村が女々しいだけなのだ。
会いたいと。眠る前も、そうでない時も。鍛錬している時も。
「そりゃあ……ずいぶんと、ご無沙汰だったな」
「政宗殿が来てくださらぬから」
「俺が行くっつーと軍ごとついてくるんだよ」
「む、分かっております」
だから某が、と言い掛けるとぽつりかけられた言葉はなんだか小さい。
「Sorry」
「謝られることはありませぬ。代わりに」
「なんだ」
「夕餉に団子を」
いつもの催促をすると、くすりと笑われた。
「Okey」
「政宗殿のですぞ」
念を押すと、わーってるよと返される。
いつものように手をヒラヒラ振って。視線はまだ向かない。
「そうと決まれば湯浴みに行くか」
「お供します」
上半身を起こすと、ぬるりと手の平が滑る。
汗が床板を濡らしたのだなと思いつつ、まだしつこく差し込んでくる晩夏の日を見上げる。
ばさばさと衣擦れの音がして、室内へと視線を向けると。
「は! 破廉恥でござる!」
「破廉恥上等。見たくねぇなら見るな」
にやりと笑った政宗は、たった今脱いだ一枚を幸村へ向かって投げる。
ばさりと頭から被った幸村はそれを引き摺り下ろそうとして。
(……あ)
すん、と息を吸う。
(政宗殿の……におい、だ)
目を閉じて、もう一度深く吸う。
じっとり汗に濡れたその衣は、濃厚に政宗の匂いを纏っていた。
(まるで彼の人に抱擁されているようではないか)
衣を掴む指先に、少しだけ力がこもる。
そう思ってしまうと、滾る心に抑えなど効かない。
「政宗殿……」
溢れる想いをこめて彼の人の名前を呼んだ瞬間。
ばさぁと衣がはがれていく。はがれてしまう。
「やっぱ返せ!」
「ま、政宗殿〜!」
「何想像してたか言ってみろ幸村ぁ!」
怒鳴った政宗に幸村は素直に返す。
「政宗殿に抱擁されているようだと思っておりました!」
「そうか」
途端ににこりと政宗は微笑む。その顔に幸村はまた見とれる。
嗚呼、なんて綺麗な人なんだ。
「じゃあ抱擁してやろうじゃねぇか」
「ま、まことでござるか!」
目をきらめかせた幸村の顔の前に、政宗はぐぎと己の右手を差し出した。
幸村がどんな予感も予想もする前に、わしっと彼の頭をわしづかみにし、ありったけの握力でぎりぎりぎりと締め付ける。
「お前の沸いてる頭を、たっっっっぷりと抱擁してやろう」
「いたたたたた痛いでござるぅ!」
悲鳴を上げる幸村に、政宗の至極真っ当なツッコミが炸裂した。
「人の汗くんすか嗅いでんじゃねぇよ気持ち悪ぃ!」
「政宗殿の匂いならば天上の」
「しかも本人の前で! せめて俺がいないときにやれ!」
「おお! ではこの衣は政宗殿に頂いたものとして持ち帰っても」
幸村の頭を引っ掴む手が追加されたのは言うまでもない。